行雲流水 花に嵐
「とはいえ、坊の傍までは行けないわねぇ」

 太一の前は、すっとんとんに開いているので、部屋の中から丸見えだ。
 部屋の反対側には見張りもいる。
 そいつからも見えるだろう。
 あくまで太一自身でこちらまで来て貰わないといけない。

「坊が気付いてくれるまで待つしかないわね……」

 そうは言うものの、押し入れの中なので、そう広くもない。
 ごそごそしていれば、そのうち気付くだろう。

 よっこらせ、と板を押し上げ、片桐は玉乃を手招いた。
 天井板など一か所を外れるものであれば、横にずらしておけるのだが、生憎こちら側の押し入れ部分全体の板を外しているので、上下にしか動かせない。
 片桐が板を支え、玉乃がその横から顔を出す。

「ここともやっと、おさらばできるのね」

 頬杖をついて、玉乃が呟いた。

「仲良しとかもいるんじゃないの? 寂しい?」

 玉乃は十五だという。
 四、五歳で拐かされ、以来ずっと亀松の元で育ったらしい。

「仲良しなんかいないよ。強いて言うなら、川に浮かんだ子かな。玉乃は大旦那に気に入られてたから、女たちからは苛められてた」

「あら、そうなの。ま、器量の良い娘は、こういう世界では嫉妬の対象よねぇ」

 そんな話をしていると、もぞりと太一が動いた。
 すかさず玉乃が、坊、と呼ぶ。
 ゆっくりと、太一がこちらに顔を向けた。

「しぃっ」

 驚いたような顔の太一に、玉乃が慌てて口の前で人差し指を立てて見せる。

「下手に声出しちゃ駄目だよ。さりげなく、他の者に見つからないように、こっちにおいで」

 小声で言い聞かせるように、ゆっくり言う。

「見つかったら、また折檻されるよ」

 駄目押しの一言に、ぴく、と太一の身体が強張った。
 よほど怖かったらしい。

「大丈夫。助けてあげるから、ほら、見つからないように、こっちへおいで」

 玉乃が言うと、太一はきょろりと前を向いた。
 部屋の中の様子を見たのだろうが、そういう行動は危険である。
 あからさまにそろそろと動かれると、返って怪しくて目を引くのだ。
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