行雲流水 花に嵐
---ま、しょうがないわね。ガキだもの---

 何気ない素振りをするのも無理だろう。
 まして助けが来たのだ。
 一刻も早く逃げ出したいに違いない。

 バレたらしょうがないから、ひと暴れすることになるわね、と思いつつ、片桐は板を支えていないほうの手を刀に置いた。

 太一は、そろそろとこちらに寄ってくる。
 片桐からは部屋の中まで見えないので、他の者が気付いたかどうかわからない。

 もう少しで手が届く、というところで、太一がぴたりと止まった。
 目が、片桐を捕えている。
 見知らぬ男がいることに警戒しているようだ。

「大丈夫だよ。この人は、玉乃のいい人だから」

 じれったそうに、玉乃が言いつつ手を伸ばした。
 おずおずと、太一は這いずりながら近づき、玉乃の手を掴んだ。

「よしっ。ほら、ここに入って」

 玉乃が太一を支え、二階の押し入れに降ろす。
 すぐに片桐は板を戻した。

「さ、さっさとしないと。多分すぐに気付くわ」

 押し入れから出、片桐はすぐに窓を開ける。
 下の路地には、藁が積まれていた。

「え、もしかして片桐様、ここから飛び降りろって?」

 玉乃が下に敷かれた藁にビビッて後ずさる。

「あれは万が一よ。下手に怪我でもされちゃ運べないしね」

 そう言いながら、片桐は袂から縄を取り出した。

「ちょいと心許ないけど、ここしかないか」

 窓は格子になっている。
 その二本に縄を通し、両端を下に放る。

 結んだだけだと体重で解ける恐れがあるが、通しただけで二本とも掴んで降りれば、少なくとも結び目が解けることはない。
 それに、降り切ってから一方を引っ張れば、縄を回収できるのだ。

「坊、下に叔父さんがいるよ」

 言いつつ、片桐が太一を窓際に招いた。
 すぐに太一は、がばっと下を覗き込む。
 これだけで、この子供が宗十郎の甥だとわかった。

 人違いでなくて良かった、と安心した途端、最悪なことが起こった。

「おっちゃあん!」

 太一が下に向かって叫んだのだ。
 ひく、と片桐の顔が引き攣る。

「馬鹿っ! 声出すなっつっただろ!」

 ただでさえ子供の声は甲高くて通るのだ。
 しかもこの場所は賑わってもいない奥まった通りなので、先の太一の声は、向こう三軒まで響き渡ったに違いない。

 すぐに頭上が騒がしくなった。
 三階の見張りが、太一のいないことに気付いたらしい。
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