行雲流水 花に嵐
「もぅ! 宗ちゃん、甥が大事なら受け止めな!」

 言うなり片桐は、窓から下を見ていた太一を突き飛ばした。
 小さな太一は、簡単に窓から外に放り出される。

「わああぁぁぁ!!」

 悲鳴を上げて、太一が落ちる。
 玉乃が驚いて窓に駆け寄った。

「さ、玉乃ちゃんも降りな」

 さすがに玉乃を突き落とすことはせず、片桐は玉乃に先程の縄を渡す。

「で、でも」

 不安そうに、玉乃が縄を持ったまま室内に視線を彷徨わせる。
 ばたばたと店内を駆け回る足音がする。

 三階の見張りが亀松に知らせに走っているのだろう。
 下に降り切るまでに見つかりそうだ。
 それに。

「片桐様は? 片桐様が降りてる暇ないよ」

 玉乃からしたら、一人で外に出ても仕方ないのだ。
 片桐がいてこその逃亡である。

「そうねぇ。あたしゃ堂々と表から出ることにするわ」

「ええっ!」

「亀松はあたしを何か起こった時のために使いたいはずだから。でもまぁ、玉乃ちゃんがいないことがバレたら、あたしが逃がしたってバレちゃうけど」

「そうだよ! 玉乃はずっと片桐様と一緒にいたんだから、片桐様一人ってのはおかしいって、すぐに気付くよ」

「そのときは亀松に死んで貰うわよ。幸いここにゃ今、大して人はいないもの。玉乃ちゃんは心配せず、下に降りたら太一と一緒に宗ちゃんの指示に従いなさい」

 なおも不安そうな玉乃に言い聞かせながら、片桐は窓の外に目をやった。
 先程落ちた太一は、藁にまみれて泣きじゃくっている。

 二階からなので、下手に受け止めるよりも、うず高く積んだ藁に突っ込ませたほうが安全だ。
 そもそも子供とはいえ、落ちてくる人間を受け止めることなど出来るものではない。

「さてじゃあ、あたしは無駄な動きなしに外に出られるか試してみるわね。早く行きなさいよ。あたしが外に出ても玉乃ちゃんがいなかったら、置いて行くわよ」

「わ、わかった。気を付けてね」

 焦ったように頷き、玉乃は縄を握り直すと、桟を乗り越えた。
 下で太一を抱え上げた宗十郎が、訝しげにその様子を見上げている。
 降りて来るのが片桐でもない女子だからだろう。

 玉乃の頭が窓の向こうに消えてから、片桐は部屋の襖を開けた。
 小者を先頭に、亀松が階段を上がってきているところに出くわす。

「ちょっと、何なのよ。うるさいんだけど」

「だ、旦那っ! 一大事だっ」

 どすどすと重そうな身体を持ち上げ、階段を上がり切った亀松が、血相を変えて訴える。
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