行雲流水 花に嵐
「玉乃が逃げたって?」

 勝次が言いながら、ぴら、と小さな紙を見せる。

「……へぇ? もう知ってるの?」

 平静を装いながら、片桐は視線を勝次の背後に並ぶ手下どもに走らせた。
 伏見のほうにいた男は見当たらない。
 使いがここに走ったわけでもなさそうだ。
 何故すでに伏見でのことを知っているのだろう。

「大親分はなぁ、連絡用の鳥を飼ってるんだよ」

「あ~、なるほどねぇ。それで、すでに知ってるわけね」

 開き直ったように、片桐が感心してみせた。
 舟が出せないからと言って、連絡手段がないとは限らないのだ。

「旦那が逃がしたのかい?」

「ふふ、どうかしら」

「上月のガキもいなくなったそうじゃねぇか」

 片桐はただ、目を細めた。

「旦那はもしや、十手持ちじゃねぇだろうな?」

 勝次の言葉に、後方の手下どもが身構える。

「おやおや。てめぇがお上のお世話になるようなことをしてる自覚があんのかい」

「何だと?」

 勝次の顔が一変した。
 空気が張り詰める。

「あんたはここで、客を騙くらかして法外な金を巻き上げてる。客を眠らせて金を盗ったり、頼みもしない食事や酒で花代を吊り上げたり。そもそも強引な客引きだってご法度だよ。色町は治外法権とはいえ、それなりの法ってものはあるんだ。ここで生きたきゃ、きちんと要蔵親分に挨拶しな! 勝手にシマ荒らされちゃ、こっちだって黙っちゃいないんだよ!」

「き、貴様っ。要蔵の子分か!」

 勝次の顔が怒りで赤く染まる。

「子分なんて安いもんじゃないわよ。子分ってのはね、あんたのその後ろにわらわら湧いてるような、役にも立たない屑のことを言うのよ」

「屑かどうか、試してやろうじゃねぇか!」

 言い様、勝次は横に避けつつ、後ろの子分に合図を送った。
 匕首を構えた男が、そのまま突っ込んでくる。

「そういえば、あんたたちにゃまだあたしの腕前披露してなかったわね」

 言いつつ、ひょい、と身体を捻って匕首を避ける。

「相手の腕のほどもわからないうちから突っ込んでくるのは愚の骨頂よ」

 続いて向かって来た男も難なくかわす。
 男二人は派手な音を立てて、隅の水甕に突っ込んだ。
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