行雲流水 花に嵐
 引き戸を開けると、楽しげな笑い声が聞こえて来た。
 すぐに障子が開き、おすずが顔を出す。

「お帰りなさい」

「土産だぜ」

 持っていた風呂敷包みをおすずに渡し、座敷に上がると、片桐と玉乃が同時に顔を上げた。
 二人の前には双六が広げられている。

「どうだった、上月のお家は」

 賽子を弄びながら、片桐が聞く。

「変わらずだな。まぁ家の中の空気は良くねぇが。離縁もしねぇようだし、元通りってところか」

「あっそう。お金は毟り取って来なかったの? 呼び出しておいて、お礼だけかよ」

「毟り取るほどの金はねぇ。大方親分に支払っちまっただろうしな。俺たちは親分から貰ったんだし、別にいい」

「欲のないこと」

 ふぁ、と片桐が、両手を上げて伸びをする。
 ここは一時宗十郎が使っていた仕舞屋だ。
 おすずをここに運び込んだので、そのまましばらく留まっていた。

 その間に伏見から片桐が連れて来た玉乃も、ここに入ったのだ。
 ようやくおすずの傷も癒えた今、ここに留まる必要もないのだが。

「あんたたち、いつまでここにいるの?」

 片桐が鬱陶しそうに言うのは、そういうわけだ。
 この仕舞屋を、片桐が要蔵から借り受けたらしい。
 宗十郎は元々身を隠すためだけに借りていたので、その点は問題ないのだが、別の問題がある。

「弥勒屋の親父も、懲りたみてぇで二階は閉じたって言ってたしなぁ」

 下手に女郎屋の真似事をすると、思わぬ諍いに巻き込まれる。
 あるじの目の行き届かない個室での接客は危険だと悟ったのだろう。

 今後はただの真っ当な飯屋としてやっていく、と言っていた。
 女郎稼業をやらないのであれば、住み込みの女子は必要ない。

「けど人手はやっぱり欲しいし、おすずはよく働いてくれたから、戻って来てくれるのなら手伝って欲しいと言ってたぜ」

「う、うん。あそこに戻るのはいいんだけど、住み込みじゃないなら……」

 もごもごと、おすずが言う。
 身一つで田舎から出て来て、そのままあそこで住み込みで働いていたのだ。
 自分の家というものはない。
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