行雲流水 花に嵐
「といっても、いつまでもここにいられちゃ、あたしたちの新生活が始まらないんだけど」

 片桐が玉乃の肩を抱き寄せて言う。

「まさかここから弥勒屋に通うとか言わないでよね? ここはあたしたちの愛の巣なんだからー」

「嬉しい、片桐様」

「あら、もうあたしゃあんたの旦那様よ~」

「ほんとっ? 玉乃、旦那様に精一杯尽くします」

 人目も憚らずいちゃいちゃする二人に、おすずは赤くなって顔を背けた。

「ついては玉乃ちゃん。これからは、おたまって名乗りなさい。そういや三味線も上手だったわね。ここは色町から近いし、三味線の手習い処を開きましょう」

「うん。でも旦那様、あんまりお弟子さんの前に現れないでね。旦那様は素敵だから、心配になっちゃう」

「馬鹿ね~。お前さんよりいい女がいるわけないだろ~?」

 ひたすらいちゃいちゃべたべたする二人に、宗十郎はため息をついた。
 だが確かに玉乃は美しい。
 亀屋で見た、仙太郎の入れ込んだ浮草とかいう太夫よりも、随分綺麗だ。

 じ、と見ていると、いきなり賽子が飛んできた。

「ちょっと宗ちゃん。いやらしい目で見ないで頂戴。おたまに手ぇ出したら、殺すわよ」

「そんな腑抜けた状態で、俺に勝てるのかよ?」

 宗十郎が腰を浮かせ、刀を掴む。
 片桐も片膝を立て、鯉口を切った。

「駄目よっ! 旦那様が斬られたら、おたまもすぐに後を追うわ! だから旦那様、刀を納めて」

 がばっと玉乃---おたまが片桐に抱きつく。

「そうだったわね。何、あたしがそう簡単にやられるわけないでしょ」

 よしよしと片桐がおたまを撫でる。
 ち、と舌打ちして、宗十郎は刀から手を離した。

 この熱々な二人とずっと一緒にいるのも疲れる。
 とっとと幽霊長屋に帰ろう、と立ち上がり、居心地悪そうにしているおすずを見る。

「……しゃあねぇ。おいおすず」

 ぼりぼりと後頭部を掻きながら声を掛けると、おすずは、ぱっと顔を上げた。
 やけに目がきらきらしている。
 太一の目のようだ。
 何故か片桐も、にやにやしながら宗十郎を見た。

「親分に話をつけてやる。しばらく親分のとこに世話んなるか」

「はぁ? 宗ちゃん、正気なの?」

 おすずよりも早く、片桐が反応した。
 何故だ、と宗十郎が訝しげに片桐を見下ろす。

「正気も何も、他にどんな方法がある」

 当たり前のこととして言った宗十郎だが、その横でおすずも、あからさまに落胆した顔をしている。
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