行雲流水 花に嵐
 弥勒屋に入った宗十郎は、店の中を見回した。
 今日はすでに六つ(六時)過ぎなので、客もそれなりに入っている。

「おや旦那。……今日は飯ですか?」

 奥から出て来たあるじが、後半は声を潜めて声を掛けた。

「ん、いや……。そうだな」

 少し考えながら、宗十郎はとりあえず、手前の座敷に腰を下ろした。
 簡単に仕切られた座敷には、職人風の男が二、三人、酒を飲んでいる。

「とりあえず、酒と肴を適当に見繕ってくれ」

「わかりました」

 あるじが去ってから、もう一度宗十郎は店の中を見回した。
 おすずの姿はない。
 他の客の相手をしているのかもしれない。

 あるじが持ってきた膳をつついていると、半刻ほどして不意に奥から男が出て来た。

「じゃあな、おすず。また来るぜ」

 宗十郎が目をやると、遊び人風の男が、奥に手を振って出て来ていた。
 男は上機嫌で店を出ていく。
 どことなく、危ない感じのする男だ。

 宗十郎は、またちらりと男の出て来たほうを見た。
 柱の陰に隠れるように、おすずの姿を見つける。
 宗十郎と目が合うと、おすずは、びくっと身体を強張らせた。

「……親父。沢庵はあるか?」

 宗十郎が、あるじに向かって言った。
 あるじはちらりとおすずを見、愛想笑いで頷いた。

「ええ。……さ、こちらへどうぞ」

 宗十郎が二階の小部屋に入ると、ついてきていたおすずが一旦下がり、酒を持って戻って来た。
 少し、表情が硬い。
 杯を取った宗十郎に酒を注ぐ手が震えている。

「……あいつが、例の男か」

 宗十郎が聞くと、おすずの肩が、ぴく、と揺れた。
 そして、不意にぱっと立ち上がると、手早く帯を解いた。

「上月様、抱いてよ」

 ばさ、と着物を落とす。
 その身体には、明らかな情交の痕が見て取れた。
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