行雲流水 花に嵐
---やれやれ。折角美味い情報源だったのによ---

 ぶつぶつ思いながら、宗十郎は色町を歩いていた。
 片桐に叱り飛ばされてから二日後。
 そろそろまた新たな情報があるかも、と弥勒屋に向かう。

---けどまぁ、確かにそうそう情報もねぇだろうな。おすずもそれとなく聞き出すってことが上手いほうじゃねぇし---

 おすずは諜報要員でもない、単なる飯屋の女子なのだ。
 酌はするが、芸者でもないので上手く酔わせて情報を得るなどという技は持ち合わせていない。
 竹次のほうが、そういった裏のことに敏感だろうから、あまりしつこく探りを入れると疑われる恐れもある。

---あいつを使うのは、これまでだな。俺の身ももたん---

 そんなことを思いつつ表通りから脇道に入った宗十郎は、ふと前方の違和感に足を止めた。
 小さい通りだし、元々賑わいはないが、それにしてもひっそりしている。

 訝しく思いながらも弥勒屋の前まで行った宗十郎は、そこで唖然とした。
 店が閉まっている。
 いや、閉まっているだけなら休みかと思うだけだが、どこか荒れた感じがするのだ。

 店の戸自体は何ともないが、掛かっていたであろう縄暖簾は、ばっきり折られて横に投げ出されている。
 周りにも、割れた陶器や酒樽などが散乱しているし、店が閉まっているのが単なる休みでないのは明白だ。

 一応周りを見回してから、宗十郎は店の戸を引き開けた。
 中は見事にぐちゃぐちゃで、あらゆるものが放り出され、足の踏み場もないほどだ。
 後ろ手で戸を閉めてから、宗十郎は注意して店の奥に進んだ。

「親父。いないのか」

 二階に続く階段の前で、声を掛けてみる。
 すると、ややあってから足音がして、疲れた顔のあるじが降りて来た。

「これは、上月様」

「何があったのだ」

 荒れ放題の店内を示して言うと、あるじはへたへたとその場にへたり込んだ。

「昨夜、いつものならず者が来てまして。初めはいつものように、おすず相手に大人しかったんですがね。そのうち何だか、喧嘩でもしたのか、怒鳴り声が聞こえてきまして」

 言いつつ、あるじは上に目をやる。
 どうやら竹次はすっかりおすずの馴染みになっているようだ。
 単なる飯屋の客ではなく、二階に上がっていたらしい。

「おすずを散々痛めつけた後、帰ったと思ったら店じまいする直前に、仲間を連れてやって来ましてね。それで、こんな」

 力なく、ひら、と手を振る。
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