行雲流水 花に嵐
「わざわざ仲間を呼びに戻ったのか? おすずはどうした」

 嫌な予感がした。
 もしやおすずがドジを踏んだのではあるまいか。
 そんな宗十郎の心を裏付けるように、あるじは小さく首を振った。

「連れ去られちまいましたよ」

「な、何だと!」

 ここしばらくの懸念が現実になった。
 そろそろ竹次に探りを入れるのは止めたほうがいいと思っていたのだ。

 すでに大体のことはわかったし、これ以上突っ込むのはいかにも怪しいところまで来ていたのだ。
 今日辺り、おすずには手を引くよう言おうと思っていた。

「その男たちは、どこの者だ? 亀屋か?」

 宗十郎の問いに、あるじは少し自信なさげに頷いた。

「おそらく。あのような無法者のいる見世など、あそこぐらいですから。ただ、おすずはそこに連れて行かれたのか……。ここと亀屋は目と鼻の先です。おすずをあそこで働かせるのは無理があるでしょう」

「確かにな。そのとき、亀屋の者が何か言ってなかったか?」

「さぁ……。初め二階にいたときのことは知りませんし、その後仲間と来たときは、とにかく暴れていただけで。私が何を言っても、ただその辺りを荒らしまわっていただけです。いつものおすずの相手は、何かおすずを怒鳴りつけながら引っ立ててましたけど」

「何と言っていたのだ」

「何か……。洗いざらい吐かせてやる、とか。よくも俺を騙したな、とか」

 宗十郎は息をついた。
 やはり、あまりにしつこく聞き過ぎたのだろう。

「上月様。残念ながら、おすずは帰ってきますまい」

 あるじは単に、宗十郎の気に入りのおすずを失ったことを詫びた。
 別におすずはあるじの娘でもない。
 宗十郎があるじに頼んで、ここで働かせて貰っていた、単なる女給である。

 失ったところで、店がちょっと忙しくなるだけ。
 宗十郎が抱く女子を、新たに宛がえばいいだけだ。

「……そうかもしれんな」

 宗十郎も、何が何でもおすずでないと駄目なわけでもない。
 ここで抱くのはおすずであったが、別にさほど気に入っていたわけでもない。
 おすずが宗十郎を求めるから応えていただけだ。

「あるじ、店は再開できそうか?」

「まぁ……建物自体は大丈夫ですからね。あとは食器がどれほど残っているかによるぐらいですか」

 怪我人がいないのであれば、特に支障ないだろう。
 また来る、と言い置いて、宗十郎は店を後にした。
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