行雲流水 花に嵐
「あ~、もぅっ! 言わんこっちゃない。どーすんのよ」

 『野菊』という料理屋で、片桐が声を上げた。
 座敷には宗十郎に片桐、要蔵、駒吉が顔を揃えている。
 『野菊』は色町から離れたところにある小さな料理屋で、ごく稀に、宗十郎たちが密談に使う店である。

「わざわざ野菊に呼びだすからさ、動きがあったんだと思ったのに。動いたのは宗ちゃんじゃなくて、あちらさんじゃない!」

「それも動きの一つだろうが」

「何がわかったわけでもないでしょ! それどころか、窮地に追い込まれた感じじゃない! どーすんのよ!」

「どうするも。まぁおすずを助け出すっつぅ口実が出来たわけだから、乗り込みやすくはなったかな」

 言った途端、どかっと宗十郎は片桐に蹴り飛ばされた。

「口実って何よーっ! おすずちゃんを救い出すのが第一でしょーが!」

「おすずを救い出したって、金が出るわけでもねぇ」

「この鬼畜ーーっ!!」

 目にも留まらぬ速さで猪口が飛んでくる。
 かこーんと猪口は見事に宗十郎の額を打った。

「誰のために捕まったと思ってんの! ほんっとあんたは、おすずちゃんにとっては疫病神なんだから!」

 物凄い暴言である。
 片桐の剣幕に引いていた要蔵が、まぁまぁ、とようやく口を挟んだ。

「とりあえず、片桐の旦那も落ち着いてくだせぇ。確かにおすずってぇ女子を救い出すことは依頼事じゃねぇが、そこはほれ、上月の旦那の火付け役ってことで」
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