行雲流水 花に嵐
 その夜のうちに、片桐は宗十郎の長屋に顔を出した。

「ちょっと宗ちゃん。あんた、目ぇ付けられてるんだから、下手にうろちょろしないのよ」

 座敷に上がるなり、宗十郎の鼻先に指を突き付ける。
 片桐の指先を見ながら、宗十郎は顔をしかめた。

「何だよ、いきなり」

「その様子じゃ、全く気付いてないでしょ。あいつら、宗ちゃんが亀屋を探ってるって気付いてるわよ。ったく、宗ちゃんの陰気さは異様なんだから、敵さんの前に姿を曝すようなことしないで頂戴」

 頭ごなしに暴言を吐く。

「お前のほうが世間的には変なんだぞ。俺なんて普通だろうが」

「あ~、自分を知らないって可哀想ね! 大体宗ちゃん、こんな陰気で不気味な長屋に住めるところからして普通じゃないわよ。ここ、界隈じゃ何て呼ばれてるか知ってんの? 幽霊長屋よ。その名の通り、陰気な人ばっかりの長屋じゃない。空気も澱んでるわ~」

 いつもながら言いたい放題である。
 確かにそこは否めない。

 この長屋の不気味さはひしひし感じるし、住んでいる者も世間のはみ出し者ばかりだ。
 宗十郎にとっては居心地のいい長屋なのだが。

「いきなり急いで、そんなこと言いに来たのか」

 渋い顔で言う宗十郎の前に、片桐はどかっと腰を下ろすなり、ぐいっと顔を近付けた。

「んなわけないでしょお。あたしゃあんたが阿呆面曝して廓の前ほっつき歩いてる間に、ちゃあんと中に入り込んでたんだからね」

 話を聞く気も起こらない物言いだ。
 宗十郎は黙って貧乏徳利を傾けた。
 が、ちょろっと杯に入っただけで、徳利は空になった。
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