行雲流水 花に嵐
「……とまぁ、そういうわけで、あんたはしばし、自分の身辺に目を光らせなさい。勝次の手下が、あんたを探ってるわ」

 さっきの鋭い剣気が嘘のように、ぱ、と身体を起こした片桐が軽く言った。
 二人の間に一瞬漂った、緊張した空気も霧散する。
 こういうやり取りは慣れっこだ。

「一応いつも、家に帰るのは気を付けてるが」

「そうねぇ。気配消すのは得意だもんね。宗ちゃん、元々存在感薄いし」

「お前が強烈過ぎるんだ」

「人は存在を主張してなんぼよ」

「そんな自分を誇れるお前が羨ましいよ」

「人と違うことをするなら、堂々とやらないとね。そうすりゃ自ずと認められるものよ」

 おほほほ、と高笑いする。
 片桐の場合、認められるというよりは、慣れるといったほうがいいと思うのだが。

 だが確かに、もう片桐に違和感は感じない。
 むしろ普通の『男』に戻ったほうが違和感を感じるだろう。

「あ。で、だったらどうすっかな」

 脱線しがちな会話を無理やり戻し、宗十郎は戸を振り返った。
 亀屋の者が自分を探っているなら、あまりうろうろして住処を突き止められたら厄介である。
 長屋を襲撃されたら、他の者にも迷惑がかかる。

 変なことで目立ちたくもない。
 長屋の者には『陰気な牢人』だけでいいのだ。
 剣の腕などで後々厄介事を頼まれたりするのはご免被る。

「住処を知られないのはもちろんだけど、色町にも、あんまり近づかないほうがいいかもね」

「でもそうすると、何も出来ねぇぜ」

「変に引き延ばすよりも、こっちから動いたほうがいいかしら」

 引き延ばせばその分おすずも太一も危ないだろう。
 特に折檻されているであろうおすずは、太一より危険だ。

「おすずちゃんの身体が心配ね。手当てなんかされてないだろうし」

「そうかもな。確かにこのまま死なれちゃ、さすがに後味良くねぇ」

「あんたのために死んだようなもんだしね」

 ずけずけと言われ、宗十郎は眉間に皺を刻んだものの、何も言わなかった。
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