行雲流水 花に嵐
「とにかくあたしは、しばらくここには立ち寄らないわ。あんたとあたしの仲が知られちゃ、あたしの首がヤバいからね」

 仲、と言われると、何だか違う意味に取れなくもないが。
 宗十郎は一時考え、部屋の中を見渡した。

「俺は親分のところに行くかなぁ」

「あそこの離れ? 思いっきり色町じゃない」

「でも動くにゃ丁度いい」

「すぐ近くに敵さんの塒があるってのに?」

 要蔵の離れは堀川だが、色町まですぐだ。
 色町を探るには都合がいいが、相手も近くにいることになる。

「どうせいずれは親分と亀屋の全面戦争になるんだったら、俺が親分側の人間だって知れたほうがいいんじゃねぇか?」

「今はまだ駄目よ。まず人質を取り返してから」

「太一かよ」

 またも面倒臭い。
 が、片桐は軽く手を振った。

「ま、太一ちゃんも取り返さないと報酬は搾り取れないけどねぇ。それよりも、おすずちゃんよ。ていうよりは、あそこの女たちね」

「女の居場所を探るほうが先決ってか」

「そ。多分太一ちゃんもそこにいるんじゃないかしら。亀屋みたいなところに子供がいたら目立つしね。逃げ出すのも容易でしょうよ」

「あのひ弱なガキに、そんな気概があるとも思えねぇがな。ま、太一とおすず、両方とも一気に片付くなら面倒がなくていいや」

「あんたが言うと物騒だわ。殺すんじゃないわよ。助け出すんだからね」

「当たり前だろ。殺すためなら放っておくぜ」

 そう言って、宗十郎はその辺にあった手拭いで頬っ被りした。

「ださっ! ちょっとそれで変装した気にならないでよね」

 途端に片桐が、大袈裟に仰け反る。
 そんな片桐には構わず、宗十郎は己の身体に視線を落とした。

「あ、袴じゃ尻っ端折りできねぇな」

「町人に変装する気かい。無理無理。刀差した町人なんざ、疑ってくださいと言ってるようなもんよ」

「でもこのまま出歩くな、と言ったのはお前だぜ」

「やるなら完璧にやりな。中途半端な変装なんざ、下手な尾行よりも気付かれやすいってなもんだ」

 納得できるような、できないような。
 微妙な顔の宗十郎を押しのけて、片桐は戸を細く開けた。
 そして、注意深く周りを見回す。

「うん、よし。とりあえず宗ちゃんは、ここで大人しくしてな。今日のうちか明日にでも、親分の小者をやるから」

「わかったよ」

 手拭いを取って上がり框に腰掛けた宗十郎に、軽く片目を瞑って、片桐はするりと戸を潜って姿を消した。
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