行雲流水 花に嵐
「おお旦那。よく来てくれたなぁ」

 勝次が徳利片手に、満面の笑みで部屋に入ってくる。
 そして、杯をずいっと差し出した。

「親分さんも、何かご機嫌だわねぇ。何、皆で何か楽しんでたの」

「いやいや、まぁちょっとな。今回のことが上手く行けば、旦那にもまとまった金を渡せるぜ」

「太い客でも付いたのかい」

 勝次に勧められた酒を飲み、片桐は探りを入れた。
 ここの者が上月家に投げ文をしたのは、片桐も聞いている。

---いつまでも人質を捕まえておくわけにもいかないし、そろそろ決着を付けたいのは宗ちゃんところの件でしょうね---

「まぁまだあたしは大した働きをしてないから、別にいいんだけど。例の牢人のことは、何かわかったの?」

 あまり興味なさげに言うと、勝次は太い腕を組んで、う~ん、と唸った。
 どうやらまだ宗十郎のことは、あまり掴んでいないようだ。

「竹の野郎がとっ捕まえた娘が、もしかしたら何か知ってるんじゃねぇかって随分責めたんだけどなぁ。どんだけ責めても何も言わねぇところを見ると、あの娘は関係ねぇな」

「あらぁ。女の子にそんな乱暴しちゃ駄目よぉ。でもそんな子、いたの? 遊女じゃとっ捕まえるっても無理があるでしょ。色町じゃ見世同士勝手なことは出来ないわ」

 色町には色町独特の法がある。
 武士だろうが町人だろうが関係なく、廓のあるじが上になる。
 さらにその廓全体を仕切っているのが要蔵なのだ。

「んにゃ、そいつぁ遊女じゃねぇ。中町の飯屋の娘だぜ。素人にゃ、あんまりうるさくねぇからな」

 あ~あ、と片桐は内心嘆息した。
 こういうとき、半端な中町の店は分が悪い。

 色町を支えているのは廓なのだから、力も一般店より廓のほうが強いのだ。
 この地を治める要蔵との繋がりも、当然廓のほうが強くなる。

 そうなると、いざというとき守って貰えるのは一般店よりも廓なのだ。
 まして一般店の従業員は、色町の外からの通いもある。
 そのような素人、言ってしまえば要蔵の管轄外だ。
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