行雲流水 花に嵐
 部屋に籠っているのもいい加減飽きた宗十郎は、色町から離れた街道を歩いていた。
 とりあえずおすずのいるであろう仕舞屋は、要蔵の配下が何人か交代で見張っている。
 動きがあれば、すぐにわかるはずだ。

 上月の家としては、どう動くのか。
 太一がいなくなって結構経つ。
 変に動かれても困るので、様子を見に行くことにしたのだ。

 とはいえ、どうしたものか。
 仙太郎を叩きのめして家を出て以来、自ら実家に立ち寄ったことなどない。

 たまたま溺れている子供を助けたら、それが兄の子だった、というだけで、放っておくわけにもいかず、家まで送っただけ。
 そのせいで何故か太一に懐かれたのだが。

---親父殿のほうに会ったほうがいいかなぁ---

 仙太郎の嫁は、太一を初めに届けたときに会った。
 やたらと影の薄い、疲れた女子だった、という印象だ。

 上月の屋敷の前で、宗十郎は少し迷った。
 父の正妻よりは兄嫁のほうがいい。
 仙太郎も、宗十郎が己の不始末を解決するとなれば何も言えないはずだ。

 ただでさえ心労で弱っているようだし、話を聞くなら兄のほうがいいかもしれない。
 だがこういう話を嫁の前でしていいものか。

 兄の家庭がどうなろうと知ったことではないが、話がややこしくなるのはご免だ。
 そう考えると、金を工面した父のほうがいいかもしれない。

 うーむ、としばし考えた後、宗十郎は正妻がいないことを願いつつ、屋敷の裏手に回った。
 父は屋敷の裏手に離れを造って、そこで隠居しているという。
 裏の枝折り戸に回ったところで、内側から老人が歩いて来た。

「……え? ……あっ!」

 中から出て来たしわくちゃの爺が、驚いたように目を見開いた後、ぱっと顔を輝かせる。

「宗十郎ぼっちゃん!」

「あ? ……えーと……喜八(きはち)か」

「まぁまぁご立派になられて……」

 嬉しそうに言う老人は、上月家の下男だ。
 この家で、唯一宗十郎を気にかけてくれた使用人である。
 といっても立場が弱いので、表立って何をしてくれたわけでもないのだが。
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