行雲流水 花に嵐
 枝折り戸を出ようとしたところで、宗十郎は振り向いた。
 手に包みを持った喜八が歩いてくる。

「ぼっちゃん。今どこで暮らしておられるのです」

「白川沿いの汚ぇ長屋だよ」

 宗十郎が言うと、喜八は、ずい、と歩を進め、持っていた包みを押し付ける。

「ちゃんと食べてるんですか? 誰ぞちゃんとお世話してくれる方は、いらっしゃるんですか?」

 渡された包みを開けてみると、味噌を塗った大きな握り飯と大福が現れた。

「そんな心配せんでも、ちゃんとこれまで生きて来たんだから。喜八は親父殿のほうに付いているのか?」

「へぇ。仙太郎ぼっちゃんは、あっしが宗十郎ぼっちゃんを気にするのが、昔から気に食わねぇようで。ぼっちゃんがいなくなってすぐ、暇を出されたんで」

「え、そうなのか」

「でも大旦那様が呼び戻してくれたんでさぁ」

 喜八は上月家の家人の中では一番といっていい古株だ。
 特に何に秀でているわけでもないが、仕事は何でもきちんとやる。
 喜八に任せておけば安心、ということは多いのだ。

「それは良かったな」

「大旦那様には、感謝しかありませんや」

 そうは言うが、父に仕える、ということは、必然的にお小夜にも関わることになる。
 昔から爺だったが、この十数年で、ぐっと老け込んだところを見ると、結構苦労しているらしい。

「喜八。ちょいとお小夜の様子を見ておいてくれ」

「へ? 奥様を?」

「何か気付いたことがあったら教えてくれや」

「へぇ、ようがす」

 腑に落ちない顔の喜八に軽く手を挙げ、宗十郎は通りに出た。
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