行雲流水 花に嵐
 通りに出てすぐ、文吉が駆け寄って来た。

「旦那。実家に寄ってたんですかい」

 ちょっと意外そうに、背後の上月家の屋敷を眺めて言う。

「まぁな。違和感なく中まで入れるのは俺だけだし」

「直接話をしたわけですかい。何かわかりやしたか?」

「親父殿からは何も。それよりも……」

 一旦言葉を切り、宗十郎は軽く周りを見渡した。

「尾行者なら大丈夫ですぜ。あっしも十分注意してきましたから」

 文吉は尾行が巧みだ。
 自分で尾けるのはもちろん、尾行者を撒くのも得意である。
 元々足音を消すのが上手いので、小さな路地に走り込んでしばらくすれば、相手は簡単に見失ってくれる。

「うむ。ところで片桐から何か連絡はあったのか?」

「ああ、あちらさんは旦那の炙り出しに、結構な人数を投入してるようですぜ」

「ん、俺か?」

 こくりと文吉が頷く。
 うーむ、と宗十郎は考えた。
 早い時点で宗十郎と要蔵の関わりを知られるわけにはいかないだろう。

「親分のところからも出たほうがいいな」

「それで、新しい塒を用意したんでさぁ」

「ほぅ、早いな。どこだい?」

「片桐の旦那から、勝次の野郎が上月の旦那の捜索に躍起になってるって聞いて、親分がすぐに手配したんでさぁ。ちっと狭いけど、勘弁してくだせぇ」

「元々長屋住まいだ。構わんよ」

 持って行く荷物もない。
 宗十郎はそのまま、文吉の案内で新しい塒に移った。
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