行雲流水 花に嵐
 要蔵が用意したという塒は、色町にほど近い堀川沿いにあった。
 長屋ではなく、小さな仕舞屋だ。

「十分だ。ここなら亀屋を探るのも都合がいいし、襲われてもあまり周りを気にしないでいい」

「けど一人で大丈夫ですかい?」

「別に俺は寂しがり屋ではない」

「そうでなくて、万が一のときですよ」

 ああ、と呟き、宗十郎は部屋の奥から外を見た。
 仕舞屋は路地の奥に位置し、家は小さいが土地は広い。
 周りも空き地が多く、少々騒いだところで大事にはならないだろう。

「俺一人に、そんな大人数を繰り出したりせんだろう。危なくなったら川に逃げるさ」

「まぁ、あっしたちも結構うろうろしてますし、何かあったらすぐ気付きますよ」

 それから二人で軽く部屋を掃除し、落ち着いてから飯を食いに、近くの一膳飯屋に行った。

「そうそう。竹次がそろそろ動くかもですぜ」

 宗十郎に酒を注ぎながら、文吉が声を潜めた。

「片桐の旦那が竹次の野郎をせっついてるんで、ちょっと危機感を覚えたんじゃねぇですかね」

「うん? どういうことだ?」

「あの娘っ子に会わせろって、散々絡んだそうですよ。あっちの奴らは片桐の旦那の腕前も知ってるし、機嫌を損ねたくはねぇでしょ。それに竹次からしちゃ、心配なんでしょうよ。片桐の旦那、見てくれはいいですからね」

 少し、宗十郎は首を傾げた。

「あ、もちろん旦那も悪くねぇですよ」

「いや、そんなことはどうでもいいんだが」

 慌てて言う文吉をさらっと流し、宗十郎はなおも首を傾げた。

「ああ、もしかして、おすずが片桐に靡くかもってやつか?」

「そうでさぁ」

「それならそれで、別にいいんじゃないのか? つか別に今でも、おすずは竹次に惚れてるわけでもあるめぇ」

「そうでやんすね。何と言っても娘っ子は旦那一筋ですもんね」

 さぁ、それはどうだか、と宗十郎はやる気なさそうに首を回す。
 おすずは色町の女だし、宗十郎だっておすず一人しか相手にしないわけではない。

 色町内ではおすずだが、金のないときは辻君を抱く。
 おすずに特別な感情などないのだ。

「ま、竹次にしちゃ、やっと手に入れた女をあっさり取られるのが嫌なんでしょうよ。相当な入れ込みようですなぁ」

 にやにやと、文吉が宗十郎を窺う。
 が、それを宗十郎は無視した。

「それで、片桐の要求を断り切れなくなる前に、とっとと特別座敷に入れてしまおうってか」

「そのようでさ」

「見事にこちらの思惑に嵌ったわけだな」

 片桐がせっついたのは、このためだ。
 おすずを太一のところに送り込まなければ、今のままだと足掛かりが掴めない。

「けど、片桐の旦那がその座敷に招かれるためにゃ、上月の旦那を斬らないと駄目じゃないですか。どうするんで?」

「あいつなら喜んで向かってきそうだな」

 やめてくだせぇよ、と慌てる文吉を、宗十郎は笑い飛ばした。
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