行雲流水 花に嵐
 往来で襲われるならともかく、家に踏み込まれたら厄介だ。
 狭いし、刀も思い切り使えない。
 さらに動けないおすずを守りながらとなると、思うように動けない。

 竹次如きが使う輩が何人集まろうが知れているが、数に物を言わせた室内での戦いとなると、考えただけで疲れてくる。
 とりあえず、太一の居所がはっきりわかるまでは、派手な動きはしないでおこうと、宗十郎は仕舞屋に帰るときには細心の注意を払った。

「おすず、寿司食うか?」

 声を掛けながら部屋に入ると、夜具の上に上体を起こしたおすずが、ほっとした顔をした。
 目を覚ましたときには宗十郎の姿はなく、知らぬ女子がいれば不安になろう。
 結構長い時間、お楽と二人だったはずだが、すっかり打ち解けたわけではないらしい。

「随分ゆっくりだったねぇ。何ぞ進展があったのかい」

 膝を崩したお楽が、退屈そうに言う。

「そうだな。近いうちに、でかい動きがあるだろうよ」

「ふーん。そいつは結構。じゃあ今回の事件も解決だね」

 軽く言い、お楽は宗十郎に茶を淹れた。

「おすず、調子はどうだい?」

 茶を飲みながら、宗十郎はおすずに顔を向けた。
 おすずは微妙な顔で、宗十郎とお楽を見ている。

 お楽は宗十郎と大して変わらないぐらいの歳だが、匂い立つような色香がある。
 おすずにしてみれば、このような女が宗十郎と親し気にしていると気になるだろう。

「あ、あのぅ……。そちらのお方は……」

 おずおずと言うおすずに、あれ、と宗十郎がお楽を見た。
 散々一緒にいたのに、自己紹介もしていないのだろうか。

 おすずの聞きたいのはそういうことではないのだが、女子の心など宗十郎にはわからない。
 訝しげに宗十郎が目をやると、お楽は意味ありげに、ふふふ、と笑った。

「ちゃあんと名乗ったさ。親分にお世話になってる芸者だってね」

 嘘ではない。
 だがそう言いながら、お楽はさりげなく宗十郎に寄り添った。
 まるで他にも意味があるような態度である。
 お楽とおすずの間に、妙な空気が流れた。

「ところで旦那。わっちはいつまでここにいればいいんだい。退屈なんだけど」

「う~ん、おすずの世話を頼みたいから、しばらくいて欲しいところだがなぁ」

「しょうがないねぇ。旦那の頼みだ」

 腕を絡めて、お楽が色っぽく微笑む。
 おすずの強張った顔にも気付かず、宗十郎は、頼むぜ、と言ってお楽に微笑み返した。
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