行雲流水 花に嵐
「何なのよ……」

 ぶちぶち言いながら階段を上がり、廊下を歩いていると、いきなり奥の襖が開き、中から小太りの男が出て来た。

「これは、片桐様でございますね。連絡が来たのが今朝でして、迎えの用意もできませんで」

 身なりの良い福相の男である。
 いかにも商家の旦那風だ。

「ささ、どうぞこちらへ」

 腰を折って、片桐を奥の座敷へ促す。
 部屋に入る前に、片桐は二階の造りをざっと見た。

 細い廊下の両側には、やはり泊まり客用の部屋が並んでいるようだ。
 これまた特におかしなところはない。

---でもここに女子がいるのは確かよ。勝次はどこに行ったのかしら---

 女子の様子を見てくる、と言ったのだ。
 どこかに女子が集められているはず。

「片桐様、どうされました」

 廊下に立ったままの片桐に、男が声を掛けた。

「いえね、勝次は一体どこに行ったのかと思って」

 軽く言い、片桐は案内された奥座敷に入った。
 どーんとだだっ広い座敷の上座に、酒肴の膳が置かれている。

「勝次は手前の右腕ですからね。ここに来たらまず、商品の確認をしないと落ち着かないのでしょう」

 片桐に酒を勧めながら、男が言う。
 ん、と片桐はその男をまじまじと見た。

「あんたが亀松大親分?」

 片桐が問うと、男はにこりと笑って頭を下げた。

「いかにも」

「へぇ。ちょっと意外だわ」

 笑うと目が糸のようになり、小太りの身体と相まって、やけに福々しい。
 まるで地蔵のようだ。
 これが要蔵をも脅かすヤクザの親分なのか。

「手前はあくまで船宿のあるじでございますよ。こちらの土地では、何らやましいことなどしておりませぬ」

 柔らかな物言いで、亀松が言う。
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