行雲流水 花に嵐
第一章
 白川沿いの長屋に、宗十郎の家はある。
 どことなく陰気な住人の集まるこの長屋は、付近の者から『幽霊長屋』と呼ばれていた。
 雨が降ればすぐ裏を流れる白川がうるさいが、通常はさらさらと涼やかでいいものなのだが。

 六畳の座敷に寝転んで、宗十郎はぼんやりと川のせせらぎを聞いていた。
 と、遠くから駆けてくる足音が聞こえた。

---文吉(ぶんきち)だな---

 足音といっても密やかなものだ。
 要蔵のところの若い者で、主に使いっ走りだが、調べ物も得意である。
 人を尾けるのも巧みなため、普段から足音もそうない。

 が、宗十郎にはわかるのだ。
 むくりと宗十郎が上体を起こしたとき、がらりと長屋の腰高障子が開いた。

「上月の旦那。ちょいと」

 思った通り文吉が、その小さい身体を土間に滑り込ませながら言う。

「仕事か」

 上月家の次男とはいえ、そもそもこの時代、武家の次男以下など養子に行くぐらいしか先はない。
 まして実家を自らおん出て来たのだし、端から頼る気もない。
 気ままなその日暮らしの浪人生活だが、当然暮らしていくには金がいる。

 宗十郎はたまたま色町で暴れた客の相手をした縁で、その土地の親分である要蔵と知り合った。
 以来、要蔵の用心棒などで稼いでいる。

「仕事ってか……。ちょいと、親分がお呼びなんで」

 珍しく歯切れ悪く、文吉が言う。
 ちょっと、宗十郎が訝しげな顔をした。

「旦那は気乗りしねぇと思いやすぜ」

「何のことだ」

「上月家の若当主に関することなんで」

「……そうか」

 意外とあっさりそう言って、宗十郎は刀を掴むと下駄に足を突っ込んだ。

「あれ旦那。いいんですかい」

「別に。金になるなら、どいつからの依頼でも構わん」

 帯に刀を突っ込みながら、宗十郎は長屋を出て要蔵の元へと向かった。
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