行雲流水 花に嵐
---まぁでも、まずは当たり障りない会話からよね。あたしがこの子に興味を持ったってことは印象付けたほうがいいし---

 事実この娘はなかなかな美人だ。
 頭も悪くなさそうだし、所作も綺麗だ。

「玉乃ちゃんは、ここでの一番? 色町で言うところの太夫かしらね」

「どうかしら。ここではそういう階級ってないし。でも一番だって自信はあるよ」

「何で?」

「大旦那様に気に入られてるからね」

 ふふふ、と玉乃が少し声を潜めて笑う。

「大旦那? ここの親分のこと?」

「そう……かしら。ややこしいね、さっきお兄さんの相手をしてた人だよ。ここのあるじ」

「大旦那って呼んでるんだ」

「だって旦那様だもん。あ、でもお兄さんが旦那様になってくれる?」

「あたしでよければ喜んで。あんた綺麗だし。こんなところで燻ってるのは惜しいわね」

「大旦那様がいる限り……ね」

 あら、といったように、片桐は杯を置いて玉乃を見た。

「怖いの?」

 片桐が言うと、玉乃は少し躊躇った後、先の片桐と同じように、きょろ、と辺りを気にする素振りを見せた。
 それで、ぴんと来たのだ。
 やはりここの女子については、がっちり監視の目が光っている。

「……ま、置屋の男衆は怖いものよ。それは色町でも同じ」

 聞き耳を立てているであろう見張りに、わざと聞こえるように、片桐は明るく言った。

「怖くっても、身請けするって言えば文句はないわよ。ま、でもあたしにそんな金はないけど」

「残念だわ。でもいいの。しばらくここにいるのでしょう? ずっと一緒にいていい?」

 ほっとしたように、玉乃が片桐に身を寄せた。

---ふーん……。身請けされるの自体を何か避ける感じがあるわね---

 通常遊女が身請け話などされると飛びつくはずだ。
 苦界から逃れられるのだから。

 だが先程玉乃は、口では残念、と言いながらも明らかにほっとしていた。
 身請けされれば『怖い大旦那』から逃れられるというのに。

---どうやら身請けなんか許さないようね。ま、攫って来た娘なんだし、そりゃ外には出せないわよね。それにしても、この子、何か知ってそうだわ。過去そういうことがあったんじゃいかしら---

 例えば玉乃に入れ込んだ客が、実際身請け話を亀松にしたところ態度が豹変したとか。

---あの福相が、いきなりヤクザの顔になったらビビるわよね---

 多分そんな生易しいことではないだろうけど、と思いつつ、片桐は玉乃を抱き寄せた。
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