kiss in blue heven
「怖くないか」
「全然平気!」
雲に手が届きそう!空に吸い込まれそう!
このまま風と光の中に溶けてしまっても
後悔しないと思った軽飛行機をチャーターしての空中散歩。
初めての経験に興奮してはしゃぐ私に「まるで子供だな」と智也が呆れた様に笑った。
「だって!すごい!ホントに!」
「急旋回に急降下、でも?」
「できるの?」
「誰に言ってる?」
レイバンのグレイガラスに光が差して、その向こうで笑う瞳が透けて見えた。
くらり、と視界が回り圧力がかかった。思わず出た悲鳴に智也が声をたてて笑った。
「ちょっと!急になにするのよ?!」
「急にするから急旋回なんだぞ」
「そういう意味じゃなくて!」
「違ったか?」
「今からする、くらい言いなさいよ」
「そりゃ失敬」
こんなふざけたマネ、仕事中にはさすがにしないか。
そうよね。あのデカイ機体でこんな事すればただじゃすまない。
それに何百人の命がこの双肩にかかっているのだから
いつだって相当な緊張とストレスを感じているにちがいない。
智也は類まれなる強靭な精神力の持ち主だけど
それでも空の上では何か起これば「死」をもリアルに感じる事だろう。
形が変わってもギリギリの崖っぷちに立ち、身を削るような緊張感の中にしか
生甲斐を見出せない人なのかもしれないと見つめた彼の横顔に思う。
「怖かったか?」
「全然。あなたを信じてるもの」
私は智也のその緊張を解し癒してあげられる場所でありたい、と願っている。
「感想は?」
「想像以上よ!」
カッコいいとか、そんな陳腐な言葉じゃ言い表せない。
素敵過ぎて私の手には負えないかもしれない、なんて
ちょっと弱気になってしまうのは今に始まった事じゃない。
それだけじゃない。心配も嫉妬も何かもう色々と複雑なのだ、心中は。
あまりにも素敵な恋人を持ってしまった副作用みたいなものかもしれない。
「見惚れた?」
「自惚れちゃって」
「いいんだぞ。正直に言っても」
「・・・惚れ直したわよ」
悔しいけど、と睨めば智也は口元に勝ち誇ったような嘲笑いを浮かべた。
「見せた甲斐があったな」
「あのさ、少しは照れるとか、しない?」
すっと智也の腕が伸びて私の頭を引き寄せると唇が重なった。
もぅ。照れてるならそういえばいいのに。本当に素直じゃない。
優しく甘い彼のキスに酔わされて遠のいていく意識と
ぼやけていく視界の端に見えた水平線に
ここがどこなのか、どういう状況にいるのかを思い出して
私は慌てて智也の胸を押し返した。
「ちょっと!!危ない!!」
「大丈夫だ。オーパイに変えてある。心配はいらない」
焦る私を横目に堪えきれない笑いを口元に浮かべたまま
智也の瞳がもう一度近づいて来た。
「待って。セスナにオーパイ機能ってあるの?」
「さあ、どうだったかな?」
「ええ??」
「大丈夫だ。墜落する前に立て直す」
「なにそれ?!」
「心配なら目を瞑っておけ」
kiss in blue heaven!