差し伸べた手
 亜子が働くお店には販売員が四名、バックヤードに二人、そして店長と七人体制だった。

新人は販売員から経験することが会社の決まりとなっており、数年頑張ればバックヤードに抜擢される。

バックヤードの仕事は商品の仕入れが主な仕事で所謂バイヤーで亜子が田舎で憧れていた仕事だ。

そして全てを統括するのが店長である。

店長は亜子が面接を受けたときに顔を合わせておりとてもテキパキ仕事をするやり手タイプだった。

 服装は誰が見てもアパレル関係とわかるようなデザイン性のある洋服を着こなし、ミニスカートから見える足は細くてまっすぐ伸び、高いヒールをいとも簡単に履きこなしていた。

洋服の趣味は一貫しており自分は何が似合うかを知り尽くしているコーディネイトだった。

背は高く、顔立ちは派手ではないが、鼻筋が通っていることで、凛とした表情に見える。

亜子もせっかく店舗に立つのだからと高いヒールを履いたが、履き慣れないためすぐに靴擦れを起こし長時間履けなかった。

 販売の仕事は初めてだったが店長自ら一から教えてくれてスムーズに仕事を覚えることが出来た。

毎日ガラス張りのお店からおしゃれな洋服を着た若者がたくさん歩いている風景を見るだけで亜子は幸せだった。

「私は憧れていた場所で憧れていた仕事をしているのだ」と自分の描く理想に近づいたような気がしていた。

可愛い洋服に囲まれてそれに触れることが出来るだけで満たされた気分になっていたが亜子の目的はもっと上に行くことだった。

ここで満足していては上京してきた意味がない。

亜子は休みの日には他のライバル店を視察にいき、どんな接客をしているか、どんな洋服が売られているか、街中で歩いている子達はどんな洋服を着ているかを一日中観察した。

元々器用な方ではないので自分で考えるよりは売上を上げている販売員を模倣していったのだ。

話し方、接し方、商品の勧め方をまねて自分のものにしていった。

また自分のお店のバイヤーには次の新商品の入荷がいつか、どんな商品なのか聞いて、洋服が売れたときにはお客さんに次回はいつ新しい服が入ってくるかを伝えてリピーターも確保していった。

そんな努力もあり一年後には販売員の中で売上がトップとなっていた。

 そんな亜子を店長はいつも気に掛けてくれた。

販売員の中では異色の存在になっていた亜子をランチに誘ったりお茶に連れ出してくれたりして気を配ってくれた。

若年層がターゲットのお店であったため販売員の多くは流行につられて入社した者が多く現状に満足しており売上にも興味がなかった。

話す内容は彼氏の話、ゴシップの話ばかりで亜子とは話しが合わなかった。

その為次第に 「変わり者」として扱われ店内で他の従業員と話すこともなくなっていた。

亜子以外は入れ替わりも早く長続きもしなかったので店長も亜子には目を掛けていた。

そんなある日、亜子は店長に事務所へ呼ばれる。

「亜子、来月からバイヤーとしての配置が決定したわよ」

亜子は嬉しさのあまり感情が出せずにいると

「なに?嬉しくないの?」

「いえ、嬉しいです。本当に嬉しいです」

店長は亜子の肩をポンと叩き 「あなたなら出来るわよ」と言ってくれた。

夢が叶ったのは田舎町でアパレルに憧れ上京してから六年が経過した頃だった。

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