差し伸べた手
そして故郷へ
亜子は同じ角度でしか物事を見られない癖があり思いこんだら周りが見えなくなり、雁字搦めになり抜け出せなくなることがあったので、違った方向から物事を捉える人がアドバイスしてくれると、その呪縛から簡単に抜け出せる場面も多かった。

店長はまさにそんな人で、亜子がバイヤーの頃、必死で売上の数字だけを見ているときに

「亜子、一旦、数字を見ないで仕入をしてみた方がいいわよ。一度自分の考えだけで仕入を優先的にやってみて。もし予算がオーバーしてもいいから。私が責任持つから」と言われたことがあった。

確かにバイヤーになった当初は、仕入値ばかりが気になって洋服を自分の感性で選ぶということが出来ていなかった。

せっかくトレンドを察知しても無視して数字だけを見ていたのだ。

店長にアドバイスをもらって、仕入値を気にせず選んだ洋服は店頭ですぐに売れた。

すぐに売れることで早期に現金化出来たので、更に次の仕入もやりやすくなっていった。

多少予算がオーバーしても、それはすぐにカバーできるということを学んだのだ。



 直はプログラム作成の能力に長けていて亜子の通販サイトも見栄えが良くなるように修正を加えてSEO対策も取り入れてくれた。

サイトのデザインもセンスが良くてプロが仕上げたようなページになり、アクセス数も急激に伸び驚いた。直の仕事も順調で次から次へと注文が入っているようで日中は忙しそうに仕事をこなしていた。

それを見て亜子は一抹の不安も感じていた。

お金が貯まったらこの家を出て行くと初めに宣言していたので、この調子ならばすぐに目的は達成されそうである。

その気持ちに気づいて亜子ははっとした。

誰にも係わりたくなくてこの生活を選んだはずなのにどうして知らない人にここにいてほしいと思うのか。

もう人に傷つけられたくないし傷つけられたくない。

また同じ繰り返しをしようとしているのか。

もし直がいなくなっても、失うのではく、ただ元通りの生活が戻ってくるだけで何も今までと変わらない。

だから相手に何も期待してはいけないし、この先どうしようと邪魔をしてはいけない。

だから今ある現実に特別な感情を抱いてはいけないのだと自分に言い聞かせた。
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