差し伸べた手
退院してからしばらくは自宅で過ごした。
入院した日も翌日退院出来るはずだったが、店長が勝手に他の検査もしてくださいと病院にお願いして、ついでに泊まりの人間ドッグをやるはめになったのだった。
そういえば、店長になってから一度も会社の健康診断を受けなかった。
その辺りも店長、いや元店長は私の性格を把握してくれているのだ。
強引に検査を予約した日も亜子に向かって
「亜子、今回の事で懲役二日よ。黙って人間ドッグを受けなさい」と悪戯っぽく笑った。
数日間の入院生活からこの部屋に帰ってきた時、部屋が綺麗に片付いているのに気づいた。
きっと店長が見るに見かねて片付けてくれたようだ。
足の踏み場もない部屋を店長に見られたことが恥ずかしくて情けなかったが、もう店長には自分のダメな部分を全部さらけ出してしまい今更どうすることも出来なかった。
店長にお礼のラインを送る。
「今日、退院しました。お部屋を片付けて頂きありがとうございました」と。
すると仕事中であろう店長から返信がくる。
「汚いから靴のまま入ったから許して」と店長らしい返信が返ってくる。
思わず亜子は吹き出す。
いつも亜子の事を真剣に考えてくれているのに、表では深刻な感じを出さない店長にいつも助けられていた。
上京してから初めて自分の城を持ったことが嬉しくて仕方がなかったのにこの部屋でゆっくり過ごすことは一度も無かった気がする。
窓からの風景も借りた当初に見たきりでその後見たかどうかも覚えていない。
お洒落な雑貨で部屋を飾ろうと思っていたが、そういうことは心に余裕がないと出来ないことだと実感している。
心がすさめば部屋も比例してすさんでいくのだ。
最終的に亜子の部屋は足の踏み場もない状態になってしまった。
それは亜子の心も同じで汚れてしまいどうしようもなく消化できない感情を溜め込み、心にスペースがなくなり誰も心の中に入って来られない状態だったのだ。
部屋でぼーっとしていると扉をノックする音が聞こえる。
扉を開けると母親が立っていた。
「お母さん」と絞り出した後膝をついて泣いてしまった。
お母さんは黙って亜子の肩を抱いて 「大丈夫よ。大丈夫よ」と言った。
北海道から亜子の家まで住所を書いたメモだけを頼りにやってきたのだった。
東京なんて一度も来たことがなく田舎者の母親が一枚の紙切れを持ってここまで来たのだ。
きっと何人もの人に道を聞きながら苦労してやってきたのだろう。タクシーなんて利用したこともない人だから複雑な地下鉄を乗り継いで辿り着いたのだ。
そう思うと再び涙が止まらなかった。母親に聞くと店長が知らせてくれたらしい。
また何かあったら大変だから見ていて欲しいと。
母親はまだ亜子が前の会社の寮に住んでいると思っていたが店長が説明し、その事について亜子を責めないで欲しいとまで言ってくれた。
その為母親は亜子が勝手に転職し寮を出てことについては一切触れなかった。
冷蔵庫には食材の一つも入っていない為、近くの定食屋に二人で出掛けた。
部屋の様子を見て亜子がどんな生活を東京で送っていたのか察したようで向かいの席に座る母親は少し寂しげな表情をしていた。
今回の事については何も聞かなかったがただ「北海道に帰ってきなさい」と何度も言った。
もう東京にいる意味なんてないし、東京で働くことは考えられなかったので素直にうんと頷いた。
母親と二人で食事をしたのは、何年振りだろうか。
会話はなかったが、誰かと一緒に食事が出来るのは幸せなことなのだと実感出来た。
食事を終え部屋に戻ってきて母親からは
「いつ帰ってくるのか」「部屋はいつ引き払うのか」と具体的な日付を言うまで何度も聞かれた。
きっと父親にいつ帰ってくるのかはっきりさせて来いと言われているのだろう。
しかし日付を決めた事で亜子もすっきりとした気分になり東京への未練も断ち切ることが出来た。
入院した日も翌日退院出来るはずだったが、店長が勝手に他の検査もしてくださいと病院にお願いして、ついでに泊まりの人間ドッグをやるはめになったのだった。
そういえば、店長になってから一度も会社の健康診断を受けなかった。
その辺りも店長、いや元店長は私の性格を把握してくれているのだ。
強引に検査を予約した日も亜子に向かって
「亜子、今回の事で懲役二日よ。黙って人間ドッグを受けなさい」と悪戯っぽく笑った。
数日間の入院生活からこの部屋に帰ってきた時、部屋が綺麗に片付いているのに気づいた。
きっと店長が見るに見かねて片付けてくれたようだ。
足の踏み場もない部屋を店長に見られたことが恥ずかしくて情けなかったが、もう店長には自分のダメな部分を全部さらけ出してしまい今更どうすることも出来なかった。
店長にお礼のラインを送る。
「今日、退院しました。お部屋を片付けて頂きありがとうございました」と。
すると仕事中であろう店長から返信がくる。
「汚いから靴のまま入ったから許して」と店長らしい返信が返ってくる。
思わず亜子は吹き出す。
いつも亜子の事を真剣に考えてくれているのに、表では深刻な感じを出さない店長にいつも助けられていた。
上京してから初めて自分の城を持ったことが嬉しくて仕方がなかったのにこの部屋でゆっくり過ごすことは一度も無かった気がする。
窓からの風景も借りた当初に見たきりでその後見たかどうかも覚えていない。
お洒落な雑貨で部屋を飾ろうと思っていたが、そういうことは心に余裕がないと出来ないことだと実感している。
心がすさめば部屋も比例してすさんでいくのだ。
最終的に亜子の部屋は足の踏み場もない状態になってしまった。
それは亜子の心も同じで汚れてしまいどうしようもなく消化できない感情を溜め込み、心にスペースがなくなり誰も心の中に入って来られない状態だったのだ。
部屋でぼーっとしていると扉をノックする音が聞こえる。
扉を開けると母親が立っていた。
「お母さん」と絞り出した後膝をついて泣いてしまった。
お母さんは黙って亜子の肩を抱いて 「大丈夫よ。大丈夫よ」と言った。
北海道から亜子の家まで住所を書いたメモだけを頼りにやってきたのだった。
東京なんて一度も来たことがなく田舎者の母親が一枚の紙切れを持ってここまで来たのだ。
きっと何人もの人に道を聞きながら苦労してやってきたのだろう。タクシーなんて利用したこともない人だから複雑な地下鉄を乗り継いで辿り着いたのだ。
そう思うと再び涙が止まらなかった。母親に聞くと店長が知らせてくれたらしい。
また何かあったら大変だから見ていて欲しいと。
母親はまだ亜子が前の会社の寮に住んでいると思っていたが店長が説明し、その事について亜子を責めないで欲しいとまで言ってくれた。
その為母親は亜子が勝手に転職し寮を出てことについては一切触れなかった。
冷蔵庫には食材の一つも入っていない為、近くの定食屋に二人で出掛けた。
部屋の様子を見て亜子がどんな生活を東京で送っていたのか察したようで向かいの席に座る母親は少し寂しげな表情をしていた。
今回の事については何も聞かなかったがただ「北海道に帰ってきなさい」と何度も言った。
もう東京にいる意味なんてないし、東京で働くことは考えられなかったので素直にうんと頷いた。
母親と二人で食事をしたのは、何年振りだろうか。
会話はなかったが、誰かと一緒に食事が出来るのは幸せなことなのだと実感出来た。
食事を終え部屋に戻ってきて母親からは
「いつ帰ってくるのか」「部屋はいつ引き払うのか」と具体的な日付を言うまで何度も聞かれた。
きっと父親にいつ帰ってくるのかはっきりさせて来いと言われているのだろう。
しかし日付を決めた事で亜子もすっきりとした気分になり東京への未練も断ち切ることが出来た。