差し伸べた手
東京を後にする日店長に会った。

救急車を呼んでくれたこと、母親を呼び寄せてくれたことに感謝し、そして詫びた。

店長は 「水くさい」と一言言って笑って茶化す。

こういう所が店長らしい。

仕事ぶりは誰が見ても完璧で、そのせいか近寄りがたく冷たい印象を与えてしまう。

しかし本当は照れ屋で、それを隠すためにぶっきらぼうにわざと話したり、本音と違うことを言ったりとしたがそんな店長の事はよくわかっていた。

店長もそんな自分を理解してくれる亜子を可愛がり、真面目で融通の利かない所がある部分を指摘しアドバイスもくれた。

そのままだと亜子が潰れてしまうから、少し肩の力を抜いた方が良い、そして疲れたときにはきちんと休暇を取った方が良いと何度も言った。

店長になってからも時々店舗を訪れ亜子の様子を気に掛けていた。

寝られない日が続いたときには病院へ一度診察に行くよう勧めてくれ知り合いのクリニックを紹介してくれたりもした。

待ち合わせの場所で待っていると随分遠くからでも服装で店長と認識が出来るので手を振る。

店長も嬉しそうに手を振って近づいてくる。

店長は昼休みを利用しわざわざ会いに来てくれた。

久しぶりにランチに行きたわいもない話で盛り上がる。

これからどうするのかと聞かないのが店長の気遣いだと亜子は痛いほどわかっている。

食事を終え店の前で、店長が好きでよく一緒に食べに行ったスイーツを手渡すと店長も小さな紙袋をくれた。

「飛行機の中で見て」

そして店長と握手し別れた。

このあっさりした別れも店長らしい。

亜子は名残惜しくて少し歩いてから振り返ると街の雑踏に小さく店長の背中が見えて涙ぐむ。

飛行機に乗り込み店長から貰った紙袋を開ける。

その中にはラベンダーの種がたくさん入っていた。

百袋くらいあるだろうか、思わず 「入れすぎだよ」とつぶやいて笑ってしまった。

よく東京生まれの店長には北海道の話をしたのを覚えている。

店長は以前テレビで見たラベンダー畑を一度見てみたいと口癖のように言っていたのを思い出した。

袋の裏側にはラベンダーの花言葉がずらりと書かれてある。

「あなたを待っています」「繊細」「清潔」「優美」「許しあう愛」とある。

きっとこの先頭に書いてある「あなたを待っています」というのを伝えたかったのだろうか。

店長らしくて心が温まる。
< 21 / 48 >

この作品をシェア

pagetop