差し伸べた手
直は社長の息子であるという身分を明かさず入社した。

会社は社員数も多く役員にも知らされず、吉沢という一般的な苗字も功を奏し、新入社員として入社した。

社長は息子が初めから甘やかされるのが嫌で特別扱いはせず他の社員と同様に社内で同じ仕事を経験させた。

全ての部署を経験させるため、異動が多く大変だったが直も次期社長と幼い頃から叩き込まれていたので懸命に仕事を覚え、どの社員よりも働いた。

金曜日は会社で決められた定時退社の日で全員十七時に退社する決まりとなっていたが、その日も直は一人で残業をしていた。

もちろん上司に見つかればこっぴどく叱られる行為である。

サービス残業がはびこる現代社会で、逆に社員を定時で帰宅させる規定だった。そういった開けた会社であることから学生の間では就職したい会社として人気だった。

だがこの会社を継ぐと生まれたときから洗脳されていた直にとっては社風や規則など一度も調べたことがなく入社して驚いたのだ。

あの親父が自由な社風にしているなんてとても考えられなかった。

幼い頃から直にとって父親とは絶対的な存在で習い事や生活時間もきちんと決められており、縛られている生活だったからだ。

お小遣いはなく、欲しい物はいいなさいと言われたが友達同士で流行っているゲームが欲しいなんてとても言えなかった。

とにかく厳しいというイメージばかりだったので、どうせ会社も規則だらけなのだろうと思っていたからだ。
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