差し伸べた手
直がこっそり残業するのは誰も居ない方が仕事もはかどるのもあったのだが、社長としてやっていくには誰よりも働くのは当然のことだと思っていたからだ。

皆が退社したがらんとした社内でいつものように仕事をしていたが資料をコピーしていると紙切れを起こしてしまい備品室に用紙を取りに行った。

この会社の備品室には扉が設けられていない。

オープンスペースに棚が整然と並んでおりボールペンやクリアファル、電球などホームセンターのように置いてあり誰でもすぐに補充できるシステムになっていた。

これも自由な社風なのだろう。

目的の紙を取ろうとすると奥の方に人影が見えた。

直は少し驚いて棚の影に隠れてそっと見ていると同期の小川だった。

声を掛けようと思った瞬間、一つのダンボールを開けてポケットから紙袋を取り出し何かを中に入れその場から立ち去った。

一瞬の出来事で直は驚き体が硬直した。

一体何を紙袋に入れたのだろう。

小川の開けていたダンボールを見ると会社が展開しているブランドのトートバッグの不良品だった。

直の会社は雑貨店も手がけておりそこで販売されているオリジナルのロゴ入りトートバッグだった。

若者には人気があり品薄状態が続いている。

工場で生産されているが出来上がりの段階でロゴが薄く印刷されたり縫製が悪かったりした物は本社に返送される仕組みであった。

自社工場ではないのでそちらで処分させるとその粗悪品が処理段階で世間に流出してしまったりすることがあるからだ。

ブランドのイメージと価値を崩さないためにも市場に出回らないようにこういうシステムで徹底管理されていた。

これらの返送品は廃棄業者が来て処分されることになっておりこの備品室の少し奥に扉があり、そこは駐車場と繋がっているので業者が受け取るためその箱が積み上げてあるのだ。

直はしばらく考えた。

小川は同期ではあるが同期といっても二十人位いて研修では一緒だったが配属先も違い殆ど話したことがない。

それに元々社内では人付き合いはしてこなかったのでどんな人物像かもわからない。

社内で人付き合いをしない理由は後々社長に就任した時に気まずいからだった。

騙して皆を裏切っているようで嫌だったからだ。

しかしなぜ小川はあの不良品を持っていたのだろうか。

それも見るからに相当数を紙袋に突っ込んでいた。

一つだけなら全くのプライベートで使用するというのもあるかも知れないがどちらにしても他者の手に渡ってはいけない。
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