差し伸べた手
自室で大好きな池尻ひろしの写真集を眺める。
それが直にとって唯一の癒しの時間だった。
広い草原、青い空、どこまでも続く道、息をのむような雪景色、北海道の絶景を集めた写真集でたまたま会社の近くで開催していた個展を覗いた時に買ったものだ。
池沢ひろし氏は、北海道の景色に魅了された写真家で、それらを写真に収めて写真集を出版している。
個展に飾られた写真はどれも素晴らしく、直も一瞬にして北海道の虜となった。
それ以降、この写真家の新作作品集が発売されると必ず購入した。
個展で買った写真集のあるページには付箋が貼ってある。
一番のお気に入りの風景だ。
小さい頃から裕福で毎年旅行には連れて行って貰ったが、海外旅行が中心で、行き先は父親が相談もなしに勝手に決めてしまっていて、どこか存分に楽しめない雰囲気だった。
しかし北海道に行った時は東京育ちの直にとっては印象深いものとなった。
見渡す限り建物がないという所が日本にもあるのだなと感心し、その雄大さに心が癒やされるのが実感できた。
今までの旅行は観光地を忙しく回り、ただ教科書や絵はがきやパンフレットで見た所を答え合わせのように見ていたのだが、北海道はただ景色があるだけで何も特別なものはいらなかった。
あの時の感動が忘れられず、たまたま都内で見つけた 「北海道絶景写真展」という看板を見つけて吸い寄せられるように入ったのだった。
「またあの風景を実際に見たい」
今まで直は自らこうしたい、あれが欲しいと思ったことがなかった。
与えられたものに満足し、それ以外のものを望むことは父親に刃向かうことだと思っていたのだ。
来月には社長の辞令が出るが直にはその覚悟はまだない。
それを思うと体が震えた。すると直の携帯が鳴る。
親しいといえる友人がいない直の携帯に電話がなるのは珍しい。
「はい。吉沢です」
「小川です」という声を聞いて血の気が引く。
「お前、社長の息子だったんだな、驚いたよ。あれから妻には離婚を言い渡されて子供とも会えなくなったよ。犯罪者だからな。お前くらいのバックがあればあのまま罪を被っても金銭的には問題なかっただろ。この仕打ちは忘れない。恨み続けてやる」
「それは逆恨みです。罪を犯したのはあなたです。私はあなたを庇おうとしましたし内々で処理するつもりでした」
「嘘つけ。おまえは初めから社長に告げ口するつもりだったんだろ」
「それは違う。あんなファックスさえ送らなければ表沙汰にするつもりなどなかった」
「そんなことはもうどうでもいい。ただ俺はお前を許さない。一生・・・」
そして電話は切れた。
直の手からは携帯が滑り落ち息があがる。
手足は痺れて冷や汗が出て動悸が速くなり息が出来ない。
しばらく動けずにいたが這いながら冷蔵庫から水を出し一気に飲んだ。
ハァハァと肩で息をしながら冷蔵庫を背にしてしばらく座り込んでいた。
今まで懸命に仕事をしてきたのは何の為だったのか。
自分は父親に命令されているから社長になろうとしているだけで本当は何がしたいのか。
このまま社長になっていいのか。
人の人生を変え一生恨まれるような生き方をした覚えはないのにどうしてこうなるか、そう考えると涙が出てきた。
それが直にとって唯一の癒しの時間だった。
広い草原、青い空、どこまでも続く道、息をのむような雪景色、北海道の絶景を集めた写真集でたまたま会社の近くで開催していた個展を覗いた時に買ったものだ。
池沢ひろし氏は、北海道の景色に魅了された写真家で、それらを写真に収めて写真集を出版している。
個展に飾られた写真はどれも素晴らしく、直も一瞬にして北海道の虜となった。
それ以降、この写真家の新作作品集が発売されると必ず購入した。
個展で買った写真集のあるページには付箋が貼ってある。
一番のお気に入りの風景だ。
小さい頃から裕福で毎年旅行には連れて行って貰ったが、海外旅行が中心で、行き先は父親が相談もなしに勝手に決めてしまっていて、どこか存分に楽しめない雰囲気だった。
しかし北海道に行った時は東京育ちの直にとっては印象深いものとなった。
見渡す限り建物がないという所が日本にもあるのだなと感心し、その雄大さに心が癒やされるのが実感できた。
今までの旅行は観光地を忙しく回り、ただ教科書や絵はがきやパンフレットで見た所を答え合わせのように見ていたのだが、北海道はただ景色があるだけで何も特別なものはいらなかった。
あの時の感動が忘れられず、たまたま都内で見つけた 「北海道絶景写真展」という看板を見つけて吸い寄せられるように入ったのだった。
「またあの風景を実際に見たい」
今まで直は自らこうしたい、あれが欲しいと思ったことがなかった。
与えられたものに満足し、それ以外のものを望むことは父親に刃向かうことだと思っていたのだ。
来月には社長の辞令が出るが直にはその覚悟はまだない。
それを思うと体が震えた。すると直の携帯が鳴る。
親しいといえる友人がいない直の携帯に電話がなるのは珍しい。
「はい。吉沢です」
「小川です」という声を聞いて血の気が引く。
「お前、社長の息子だったんだな、驚いたよ。あれから妻には離婚を言い渡されて子供とも会えなくなったよ。犯罪者だからな。お前くらいのバックがあればあのまま罪を被っても金銭的には問題なかっただろ。この仕打ちは忘れない。恨み続けてやる」
「それは逆恨みです。罪を犯したのはあなたです。私はあなたを庇おうとしましたし内々で処理するつもりでした」
「嘘つけ。おまえは初めから社長に告げ口するつもりだったんだろ」
「それは違う。あんなファックスさえ送らなければ表沙汰にするつもりなどなかった」
「そんなことはもうどうでもいい。ただ俺はお前を許さない。一生・・・」
そして電話は切れた。
直の手からは携帯が滑り落ち息があがる。
手足は痺れて冷や汗が出て動悸が速くなり息が出来ない。
しばらく動けずにいたが這いながら冷蔵庫から水を出し一気に飲んだ。
ハァハァと肩で息をしながら冷蔵庫を背にしてしばらく座り込んでいた。
今まで懸命に仕事をしてきたのは何の為だったのか。
自分は父親に命令されているから社長になろうとしているだけで本当は何がしたいのか。
このまま社長になっていいのか。
人の人生を変え一生恨まれるような生き方をした覚えはないのにどうしてこうなるか、そう考えると涙が出てきた。