差し伸べた手
ローカル線をいくつも乗り継いで取りあえず電車で行けるところまでいく。

降り立った所からだだっ広い草原をひたすらすすむ。

ここにくるまで電車だったが相当体力を消耗してしまった。

乗り継ぎの待ち時間も多く思ったよりも大幅に時間を取られていた。

しかし早く行かなくては陽が落ちてしまう。焦りながらただ歩き続けた。

そしてようやく目印の小高い丘が見え、もう体力にも限界が来ていたが最後の力を振り絞り懸命に上る。

丘を登り切るとあの待ちこがれていた風景がそこに広がっており思わず身震いする。

付箋の貼ってあるページを開いて見比べる。

確かにこの風景だ。

丘の向こうには一面草原が広がりぽかりと湖が口を開けている。

湖の横には一本の木が真っ直ぐに立っていて、まるで湖の番人のように見える。

奥には濃い緑色の森が広がっており余計な建物は何一つない。

自分がここにいることさえ申し訳ないくらいになる。

それ程この風景には何もいらないのだ。

しばらく丘の上にちょこんと腰を掛けてこの世界にお邪魔している気分で静かに見守っていた。

自分の意志で来たい場所に初めて来たのだ。

風景を眺めていると東京の街が嘘のように感じられた。

雑音は一切なく、時折鳥の声が聞こえて風がそよいで葉っぱの擦れる音がするだけで、人工音は何一つ聞こえてこなかった。

色んな思いが心を渦巻いていたが、この風景を見ているとそれらが洗い流されていく。

その心地よさにしばらく座っていたが、辺りが暗くなりはじめたことに気付いて慌てて腰を上げた。

ここを離れるのは後ろ髪を引かれたが、なぜか直の中ではすぐにここへ帰ってくる確信が湧いてきて丘を降りた。

陽は落ち始めていて一気に暗くなり来たときに目印にしていた風景が探せない。

これだけ同じ風景が続くと方向感覚が働かない。

とりあえず駅の方角を目指したつもりだがいつまでも見えてこない。

ここに来るまでに昼食を食べようと思ったが、お店らしいものもなく、食べそびれたままだった。

空腹と喉の乾きで意識が朦朧としはじめた時に小屋のような物が見えた気がしたので気力だけでその方角に歩いたがその後覚えていない。

とにかく喉が渇いて水を誰かに要求した気がするが明確にはそれも覚えていない。

ただ、その時に差し伸べられた手がとても温かかったことだけは覚えている。
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