差し伸べた手
しばらく膠着状態が続いたがとうとう直が口を開いた。

「わかりました。一度東京に戻ります。逃げずに親父と話しをします。ご迷惑お掛けしました」

亜子はそんな直の言葉を聞き脱力感と虚無感を感じたがそれを悟られないように必死で押さえた。

直は二人に先に車に行っているようにお願いして亜子と二人きりになった。

「亜子、今まで本当にありがとう。もう逃げていても仕方がないので一旦東京に戻って話しをしてくる。そして堂々と亜子に再び会いに来るよ。亜子は僕の命の恩人だよ。小屋の前で倒れている僕に手を差し伸べてくれてありがとう」

そして亜子をぎゅっと抱きしめた。

直と亜子は手も繋いだこともなくもちろん抱きしめたことも抱きしめられたこともない。

亜子は抱きしめられてずっとこれを待っていたのかも知れないと思ったが、それが叶った日が直との別れになるならば一層叶わない方が良かったと思う。

直は静かに体を離して玄関から出て行った。

バタンと扉が閉まる音がしたが亜子には振り返る勇気がなかった。

直が居なくなった事を認めたくなかった。車の音は遠く離れていく。

亜子は涙を流して崩れ落ちた。
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