差し伸べた手
今日は亜子が楽しみにしていた日だ。

嬉しくて随分早い時間に駅に到着してしまった。

しばらくして電車が到着する。

駅に降り立ったのはたったのは一人。

亜子を見るなり

「遠すぎるよ!」と言った後強くハグをした。

「店長、そのヒール、ここは北海道ですよ」変わらず高いヒールを履いている。

「亜子こそ、もうあなたの店長じゃないのよ」と笑いながらもう一度ハグをした。

店長とは唯一東京を離れた後も連絡を取り合っていた。

あんなに長い間東京にいたのに今でも繋がっているのは店長一人だけだった。

それだけの付き合いしかしてこなかったからだ。店長とは時々ラインでたわいもない会話を楽しんでいた。

亜子には今何しているか、今どうしているかとは聞かないで 「あそこのランチ、値上げしたよ。あのクオリティで」とか 「ゲリラ豪雨だよ。ビチョビチョ」とか 「新しいスイーツの店が出来たよ」と言っては画像を送ってきてくれた。

店長らしい会話だった。亜子も

「今日は夕日が綺麗ですよ」とか 「こんなに雪に埋もれています」と言いながら画像と一緒に送った。

今回亜子はやっと納得が出来る満開に咲いたラベンダー畑を見せたくて呼んだのだった。

 家に着くと店長は亜子によく一緒に行っていたスイーツ店のお菓子をくれた。

「一緒に食べよ。懐かしいでしょ?」

「はい」

それから二人は店長の東京での仕事の話、亜子のここでの生活、通販の話、アパレル業界の現状など今までの時間を埋めるように語り合った。

店長は相変わらずフォーマでもバイヤーのしての実力を発揮し、重要な仕事も任され充実しているようだった。
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