差し伸べた手
畑に今晩の食材を取りに来たのだが収穫せず畑の隅に座り込んで考え込んでいる亜子。

どうして家にいることを許したのだろう。さすがにここに来て二年経つので人が恋しくなったのだろうか。

見知らぬ男と住むなんて私、どうしてしまったのだろう。

単なる同情心なのか、それともあまりにも平和な日常に刺激が欲しくなったのだろうか。

畑に行くと言ったら直も一緒に来たがったが、今日はパソコンが配達される日だから、居た方が良いと断った。

一人で考えごとをしたかったのも事実だが、こんな僻地まで荷物を運んでくれる宅配業者に申し訳ないという理由も確かにあった。

そんな考え事をしながら熟れたナスや土の中のじゃがいもを籠に入れていく。

絵はがきのような夕日を眺めながら籠を抱えて家路につく。


扉を開けると直が

「おかえり」と笑顔で迎えてくれる。

「た、ただいま」この言葉も数年ぶりだ。

長い間人と話をしていない上に、家に帰ってもずっと一人の生活だったが寂しいと思ったことは一度もなく、逆にこの環境を望み自らやってきたし今の生活に満足もしていた。

もう東京で住むことも二度とないし住むつもりもない。

 夕食を食べているときに直が口を開く。

「亜子さんって、東京の人なんですか?」

「えっと、まずさん付けはやめてくれない?それと敬語もね」

「すみません。居候の身ですので」と申し訳なさそうに消え入りそうな声で答える。

「直。じゃ、私のことも呼んでみて」

「あ、亜子。すみません」

「すみませんは要らないわよ」

「・・・亜子」

「私は東京出身じゃないわ。北海道出身よ。ここから車で三時間位かな。どうして?」

「いえ、標準語だったのでそうなのかと」

確かに上京してから訛っているのが恥ずかしくて標準語で話すように努力してきた。

実家にいれば訛りは出ていたかも知れないが一人でいると誰とも会話することがないので標準語が抜けなくなっている。

「それに荷物がいつも東京から届いていたので」

「あ、あれね。通販用の洋服ね。仕入先が東京なのよ。

昔東京で働いていたから、そのツテで洋服を仕入れさせて貰っているの」そう答えると

「東京って疲れますよね」と直が消え入りそうに言う。

「確かに。人は多いし車は多いし、緑は少ないし。疲れるわよね。でも直は東京出身なんでしょ?慣れているでしょ?」

「ここに来なければ何とも思わなかったかも知れないけどここを知るとなんだか疲れますね」

「ま、今は東京の事を忘れて少しゆっくりした方がいいわ。昨日も夜中デッキで苦しそうにしてたでしょ?」

昨夜、水を飲もうと台所に行くと直がデッキで以前のようにうずくまっていたのを見たからだった。

自分も経験があるのでわかるのだが、数分で治まるのであまり大丈夫かと声を掛けて追いつめない方が良いとわかっているので、そっとしておいたのだ。

「ありがとうござい、あっ、ありがとう」

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