差し伸べた手
案内された寮は亜子の期待感をそぐ物だった。

古い建物は今にも崩れそうで薄暗くじめじめとしており、それぞれの個室は和室の六畳一間で食事は社屋の社員食堂で取ることになっていたので備え付けの台所はお粗末な物だった。

お風呂、トレイは共同でとても快適とは言えなかった。

そんなことより一番亜子をがっかりさせたのは東京ではあるが都心からかなり離れていたことである。

今から考えれば土地勘が無いといえども調べるとすぐにわかることだったのだが、その時は 「東京」という名前に目が眩んできちんと確認することもなかった。

よくよく考えれば通販会社が都会にある必要性などないのである。

まだ都心から離れていても都内にあるということが奇跡だ。

本来なら地方の広大な土地に倉庫があった方が経費的には正しいのだ。

入社当初は休みの日に同僚と都心に出かけたりしたが片道二時間、往復四時間かけていくとなると、かなりの覚悟が必要だったが、キラキラした世界に行くことは平日の過酷な仕事を忘れる大切な時間となっていたのだった。

どうしてこの会社に寮がついているのか入社してすぐに納得した。

それは夜勤が頻繁にあるからだった。

昨今通販事業も熾烈な競争に巻き込まれている。

この会社も通販業界に参入した頃はまだまだ先駆けで随分利益を上げていたらしいが、次から次へと同業者が出来、価格競争と納期の短縮により過酷な足の引っ張り合いが起きていた。

いかに早く荷物を届けるかがこの世界を生き抜くカギとなっていた。

その為夜間も休んではいられない。

ネットの注文は夜中でも早朝でも二十四時間入るのだ。

実店舗はシャッターを閉めておけばお客は来ないがネットだからこそ随時お客を呼ぶことが出来るのだ。かといって次の日に処理をしていては他店舗には勝てない。その為、夜勤が慣例化し、帰れない社員はこの寮で仮眠したり亜子のように住んでいたりしていた。この寮に住んでいたのは亜子を合わせて五人で全員地方出身者の女性だった。
 一番多いのはアルバイトで八割がこれを占めていた。この寮は契約社員のみが住んでおり、この寮住まいということが夜勤のシフトを増やす要因となっていた。

隣に住んでいるのだから夜勤は当然という空気が社内には漂っており、予測よりも多く注文が入った日の急な増員の場合は、寮に住んでいるスタッフが夜勤のシフトに入らなくてはならないとどこかで圧力も感じていた。
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