クリムゾン・プロトコル
青くんは無視することに決めたようだった。

ところが高田先輩はにやっと笑い、青くんの進路をふさぐように一歩踏み出す。横をすり抜けようとするのを許さず、粘着質な仕草でまた邪魔をする。

くだらない攻防にうんざりした様子も見せず、青くんは昇降口に入ろうとするのをやめて顔を上げた。ふたりの視線が間近でぶつかる。

高田先輩は、青くんが姉を大事にしているのを知っているんだろう。同じグラウンドを使う部活同士、顔見知りでもあるに違いない。文句があるなら言え、とばかりにニヤニヤと笑っている。

そんな先輩を静かに見つめていた青くんは、なんの前触れもなく、真正面から先輩の顔面を殴った。

私は目を見張った。

登校の時間帯なので、昇降口には何人かの生徒がいる。けれど誰もこの静かな騒動に気づいていない。それは青くんが驚くほど冷静に、無駄な動きもためらいもなく先輩を黙らせたからだ。

青くんは素早く自分の上着の前を開けて、鼻から血を噴き出させている先輩の頭を抱え込むと、そのまま渡り廊下を横断して、校舎裏の駐輪場の脇にある植え込みに投げ捨てた。

下品な色の髪の毛を鷲掴みにして上を向かせる。


「姉がお世話になりました」


静かな声は、背筋が凍るほど冷たい。

触れ合うほど近くでにらみ合っていた先輩が、あきらめたように視線をそらした。

青くんは、一瞬で先輩への興味を失ったみたいに立ち上がり、血で汚れたシャツを見下ろして、申し訳なさそうに、私にシャツの調達を頼んできた。




「180のAでいいんだよね」

「ありがとう、ごめん」


誰もいない野球部の部室で、私は買ってきたばかりのスクールシャツをビニールから出した。埃っぽい部室の中央に並ぶベンチに腰をかけた彼が、血まみれのシャツのボタンを外しはじめる。

シャツを脱ぐ途中で、下に着ていたTシャツにまで血が染みていることに気づいたらしい。ちょっと眉をひそめてそれを見下ろし、小さくため息をついてから、迷いなく脱いだ。

穏やかな印象に似合わず、かなり鍛えられていることがわかるその身体に、内心ぎくっとしながら、私は新しいシャツのタグを取って、着やすいようにボタンを全部外した。
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