クリムゾン・プロトコル
言いながら、隣で洗い物を始めた紅未子をドンと突き飛ばした。紅未子はきゃあっと声をあげて、反撃しようとして失敗し、蛇口から出る水を自ら浴びるはめになった。

悲鳴と笑い声。

青くんが戸棚からタオルを出し、ぽたぽたと滴を垂らす紅未子の顔を吹いてやる。その様子を微笑ましそうにおばさんが見守る。

幸せな家庭。紅未子が外界でぼろぼろになった羽を癒すことのできる、大事な場所。

紅未子と同じように、若い頃に一瞬だけモデルをしていたことがあるというおばさんは、今でも十分に綺麗な人だ。だけど、普通か普通でないかと言ったら、やっぱり普通だ。

初めて会った時は、えっ、この人が本当に紅未子のお母さん? と目を疑ったくらい。紅未子のような、オーラに近い輝きは持っていない。

それはたぶん、年齢のせいとかではなく、もとからなんだと思う。

紅未子だけが特別なのだ。

幸か不幸か。


メゾネットの上の階には、紅未子と青くんそれぞれの個室がある。

青くんがいなくても彼の部屋にいることの多い紅未子は、やはり私をそちらの部屋に通そうとし、「着替えるから」と青くんに追い出された。

閉まりかけたドアに、紅未子が話しかける。


「アオ、今日、部活してきてよかったのに」


再びドアが開いた。ネクタイをほどきながら、青くんが紅未子を見る。気弱に眉をひそめて、申し訳なさそうな声を出す紅未子に、優しく笑った。


「嘘つけ」


強がりをあっさり見抜かれて、紅未子の頬がピンクに染まる。それを見た青くんは、珍しく声をあげて笑い、紅未子の頭をぐいとなでてドアを閉めた。


「…アオの帰りくらい、待てるもん」


小声でつぶやく紅未子に、「そうだね」と私は笑った。




テーブルを埋めつくすおばさんの料理は、どれも彩り豊かでおいしい。

食べきることを想定していない量だと思ったのに、見かけによらず大食いの紅未子が次から次へと口へ運び、それを上回る勢いで青くんが片づけていく。

この家のエンゲル係数ってすごそうだなあ。
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