クリムゾン・プロトコル
道路に下りる階段の横手に、車椅子用のスロープがついている。周囲と小高い植木で隔てられて、奥は見えない。紅未子はそこにいた。

抵抗したんだろう、パーカーは肩から落ちて、タンクトップの白い肌がむき出しだ。さらりとした髪を乱して、紅未子は泣きもせず、ぼんやりと座り込んでいた。

青くんが地面にひざをついて、紅未子の全身を丹念にチェックしていく。手の小指の擦り傷を見つけると、顔を歪めてゆっくりと紅未子を抱きしめた。


「ごめん」

「アオ、私、大丈夫だよ」

「ごめん、クミ」

「ただのいたずらだったみたい。一瞬、ぎゅっとされただけで」


青くんのほうが傷ついたみたいに、すがるように紅未子をきつく抱く。紅未子はその背中を優しく叩きながら、大丈夫だよ、とくり返していた。

私は無力感に襲われながら立っていた。たまらなく悲しくて、腹立たしい。

神様。

あんまりです。




「おっ、これ、紅未子ちゃんの?」

「食べていいよ。私、向こうで散々食べてきたから。お茶いれるね」


大学から帰ってきた兄が、「サンキュー」と微笑んで洗面所へ向かった。

紅未子が不器用に包んでくれたクッキーは、紅未子に言わせればきちんと材料を計量しているらしい、にも関わらず毎回味が違う。けれどいつもおいしい。

戻ってきた兄が、リビングのソファに乱暴に座り、ローテーブルに置いておいたクッキーに手を伸ばす。

紅茶をたっぷり注いだマグカップを渡すと、「悪いな」と言ってテレビをつける。隣に座って、私も紅未子のクッキーをひとつ手に取った。必死でいびつで、全然美しくない紅未子のクッキー。


「紅未子ちゃん、元気にしてるの?」

「まあまあ」


ソファの上にあぐらをかく兄を見て、普通だなあとしみじみ思う。特にかっこよくもないけれど、どこが悪いわけでもない。ほどほどに名のある大学に通い、彼女と学生生活を謳歌し、つい先日就職先も決まった。
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