クリムゾン・プロトコル
二日連続で休んだ紅未子は、その後無事に学校に戻り、青くんも部活に出られるようになった。私は先に帰った紅未子からの『電車乗った』メールに安心して、春の空を見上げた。

入学式の日も、こんな抜けるような青だったのを思い出す。


「一ノ瀬、今日は小野、一緒じゃないのか」


柔らかい声が私を呼び留めた。

私は視線を前方に戻した。大通りから学校の私有道路へ、のんびりと片手を振りながら歩いてくるのは、東海林(しょうじ)先生だ。

すらりと高い背は猫背気味で、優しい瞳に眼鏡が知的で、ちょっと愛嬌があって、教えるのも上手なので、人気の政経の先生。

「私が掃除当番だったので。先生、どうして外から来たんですか?」

「部活の新人の用具をそろえるのにつきあってたんだ。上級生に任せとけば大丈夫そうだったから戻ってきちゃった」

悪びれずに笑う顔は、少し年上のお兄さんて感じだ。実際まだ教師歴三年目で、年配の教師の多いこの高校では目立つ、最若手の先生だ。


「ああして弟が元気に部活やってると、姉も問題ないんだろうなって思うよ」

「一種のバロメータになってますよね」


東海林先生の、くせのある柔らかそうな髪を、風がふわっとなぶる。


「難しい言葉、知ってるね」

「バカにしてます?」

「してないしてない」


くすくす笑う先生に「さようなら」と頭を下げ、行こうとしたとき。


「一ノ瀬も、頑張りすぎないように」


そんな声がしたので、足が止まった。


「お前が全部背負う必要なんてないんだからね。青いほうにもそう伝えといて」


にこっと微笑んで、先生はぶらぶらと校舎のほうへ向かう。
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