クリムゾン・プロトコル

「小野、大丈夫か」


結局始業に間に合わず、少し遅れて教室に入った私たちに、教壇の先生が声をかけてきた。


「はい、大丈夫です。すみません」


紅未子はさっきまでの弱々しさをかけらも見せず、容姿にふさわしい颯爽とした足取りで窓際の前のほうの席につく。

先生が私に、『本当に大丈夫なのか』と目で問うてきた。うなずいてみせると、次に先生は、窓際から二列目の一番後ろに座っている青くんに視線を向けた。青くんもうなずき、ようやく授業再開。

教室の後ろの、出入り口近くの席につこうとしたとき、青くんがこちらを見ているのに気がついた。なぜ私たちが遅れたのか気になっているんだろう。

簡単だ。青くんの姿が消えた後、紅未子は再度吐き気をもおよし、洗面所に駆け込んだのだ。髪を上げておいて正解だった。

そんなことを踏まえて、ちょっと難しい顔をしてみせると、だいたい見当がついたらしく、青くんは『ごめん』と口の形だけで伝えてきた。


紅未子を見るたび、神様のバランス感覚はどうかしちゃったんじゃないかと思う。あれもこれもと詰め込んで、なのにそれを受け止めるだけの心の強さを与えなかった。

紅未子が歩けば振り向かない人はいない。紅未子が笑えば見とれない人はいない。

だけど紅未子は、その視線に耐えるすべを持たない。




「じーっと後ろにくっつかれて。ちょっと、さわられてるかなって気もして」

「つまり痴漢でしょ」

「そういうことになる?」


紅未子が気弱な瞳で見上げてくる。

午後になって、ようやく今朝のことを話せるくらいに神経が回復したらしい。

春の、いいお天気の日。グラウンドが埃っぽいのを除けば、こんな日の体育は文句のつけようもない気持ちよさだ。


「春休みでなまってるだろうから、ゆっくり持久走やるよ」


体育教師の朗らかな言葉に、えーっと全員からブーイングが出た。もっと楽しいことしようよ、空気読もうよ、と声が上がり、にぎやかなクラスになりそうなのを予感させる。
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