クリムゾン・プロトコル
「その代わり、トラック四周して、終わった人から解散していいから」


授業の後半は、自由時間ということだ。「まあ、それなら…」とみんなが渋々うなずく。

四百メートルトラックだから、全部で千六百メートル。

運動の得意でない私は、その距離にちょっと憂鬱になりつつも、走りきれば終わるわけだし、と自分を納得させて準備運動に取り掛かった。


「由鶴、一緒に走ろ」

「紅未子のほうがずっと速いでしょ。私に合わせたら怒るよ」

「でも…」


紅未子が心細そうに顔を曇らせる。


「小学生じゃないんだから、自分のペースで走るの。電車の中みたいに、紅未子に悪さする人は、ここにはいないんだよ」

「…わかった」


素直にうなずいてストレッチをするその身体は、なんのしゃれっ気もない赤のジャージに、ただの白いTシャツをまとっていても美しい。

朝方私が結い上げた髪が、春の風に揺れている。

紅未子が身体を伸ばして、白い肌がTシャツの裾から覗くたび、男子も女子も彼女を盗み見るのがわかった。

神様。あなたは残酷です。

ピッという笛の音と共にスタートした直後、後ろから肩を叩かれた。青くんだ。


「今朝、任せちまって、ごめん」

「大丈夫。やっぱり青くんがいないとダメだね」

「いや、クミは相当一ノ瀬にぶらさがってる」


こんなペースはかえって苦痛だろうに、私に合わせてゆっくり走ってくれる。

ぶらさがってる、というのはうまい表現だ。紅未子の全力の信頼は、まさに"ぶらさがる"と言うにふさわしい。


「一ノ瀬がいてくれて、よかった」

「なんで私なんだろうね?」

「俺もわからない」
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