そのとき、君の隣で笑うのは
「燎くん、最近何かいいことあったの?」

普段と変わらずに過ごしていたはずなのに、
部活中になって桃にそう声を掛けられた。

「ずっとソワソワしてるよ」

「別になんもねーよ」

紫海と過ごす時間が増えて、会話も弾み始めて、嬉しくない理由がない。
この間からずっと上がりっぱなしのテンションを抑えて振舞っていたはずなのに桃には見抜かれていた。

「・・・寝不足なだけだよ」

これは嘘ではない。
テンションが上がりすぎてあまり眠れていない。
遠足前の小学生のようでカッコ悪い。


「・・・向かいのお姉さんと何かあったの?」

「な!!!、んで、そうなんの」

「・・・ふーん、そうなんだ」

「・・・だからなんもねーって」

なぜ気づかれたのか、桃は昔から勘が鋭いところがある。こういうとき侮れない。

「ねぇ、今日寄りたい所があるんだけど」

「今日は・・・ちょっと」

「おねえさんと会ってから付き合い悪くなったよね、燎くん」

「・・・気のせいだろ」

学年も部活も違う紫海と唯一会えるのは帰り道のみ。
燎の偶然を装う待ち伏せのために寄り道は出来なくなった。

「燎くんにしか頼める人いないの。どうしてもダメ?今日じゃないとダメなの」






女子に、“貴方にしか頼めない”と言われて断れる男がいたら尊敬する。

桃に連れていかれたところは見渡す限り男女のペアで溢れていた。
というか男女ペアしかいないのではないだろうか。

まだほんのり温かい生地の香りと生クリームの冷たさを右手に感じながら隣では桃がそれを平然と頬張っている。

「どうしてもっていうからどこに行くかと思ったら・・・クレープかよ」

自分の都合で待ち伏せしてるだけで優先すべき用事ではない、と。
一瞬過ぎった紫海は頭の片隅にねじ伏せたのに。

「今日は月一のカップル割引の日だったから」


確かに男が必要で今日しかダメなのは間違っていないが・・・

「オレじゃなくてもよかったんじゃねーの」


「・・・誘えるのは燎くんだけだもん」


桃はモテる、と思う。
人当たりもいいし、気さくて面倒見もよく、社交的だしいつも誰かしらと一緒にいる。
なにより男ウケするルックスをしている。
桃と付き合っているのかと燎に探りを入れてくる男子もいるほどだ。


「・・・変に勘違いされてもめんどう」


だから燎なのだと、納得してしまった。
そういうところ、男って単純だからな。

こちらを見ずに歩き出した桃について行く。

久しぶりに食べたクレープはこんなにも美味しいものだったっけと驚いて。
生クリームの量の多さに、食べ切る自信が無かったのは数分前。
どこから口を付けようかと最初のひと口目を迷っていたのが嘘のようにペロリと平らげていた。
王道のバナナチョコ生クリームは裏切らない美味しさで。
次は紫海と来たいと勝手に妄想を膨らませる。


「・・・ねぇ、意味分かってる?
・・・分かってないよね」


同じくクレープを平らげた桃がこちらを振り向くと、少し睨むように見上げてきた。
答えを求められるような会話はしてないはずだ。

話の意図が分からず考えを巡らせている燎に気づいた桃は、軽くため息をつきながら視線を逸らした。


「・・・燎くんになら、・・・勘違いされてもいいってこと!」


一瞬、何の話をしてるのか分からなかった。
ただ、桃の逸らした視線と抑揚した頬を見て、去年の帰り道を思い出す。
燎を好きだと言ったあの時の情景と重なった。




「やっぱり・・・あたしじゃダメ・・・?」




勘違いだと思い込もうとしていた都合のいい自分がいたことに気づく。


・・・あの話は終わったものだと思っていた。




「・・・あの時も言ったけど、オレは、」




言おうとして、桃に口を塞がれた。



彼女の手からクレープの甘い香りがする。




「言わないで・・・」





「お願いだから・・・」





「まだ、返事しないで・・・」




下を向いている桃の表情は読み取れない。
風で揺れる桃の髪から、微かに甘い香水の香りが漂う。



「・・・あたしのこと、キライ・・・?」





声に出せないまま首を横に振る。
燎の唇が桃の手を掠めた。




「・・・・・・なら、




キライじゃないなら、




あたしのことも考えて欲しいの・・・」






「考えてから、答えが欲しい・・・」





ゆっくりと、
なにかを堪えるように発せられた桃の声は少し弱々しかった。

表情は見えないが燎の口を覆っている彼女の手が
微かに震えていることに気がついて、

なにも言えなくなる。


相当の覚悟があったのだろう。
ましてや1度振られた相手に告白するのはかなり勇気がいるはずだ。
女子にここまで言わせておいて、簡単に返事するほど無神経ではないつもりだ。


「・・・分かった」


そう呟くと、少しほっとしたように肩を落とした桃は、微かに震えた手をそっと離す。

先ほどまでの弱々しさをこらえるように柔らかい笑顔を向けた桃は、ありがとう、またねといつものように帰っていった。

彼女の手に残った甘いクレープの残り香と香水の香りが、
いつまでも消えずにまとわりついていた。
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