そのとき、君の隣で笑うのは


朝練を終えた女子更衣室は、たくさんの制汗剤の匂いで入り混じっていた。
フローラルの香りからフルーツの香りまで、そのどれもが反発せずに存在感を放っている。
紫海と鳴子も例外なくその中に匂いを追加していく。
「紫海ー、汗拭きシート貸して」

鳴子に手渡しながら制服に着替え終えた海紫は、彼女の準備ができるのを待っていた。

「なに?なんかあったの?」

朝だから眠いわけでもテンションが低いわけでもなく、考え事をしているように感じ取った鳴子は紫海に尋ねる。
勉強の悩みでないことは確信していたのであえて突っ込まず。

紫海は昨日、遭遇した向かいの幼馴染が同じ学校で、彼女も作っていた事を話した。

不満そうに話す紫海を横目で見ながら、着替え終えた鳴子が先に部室を後にする。
その後に続いて紫海も横に並んで歩き出す。
教室へと続く廊下は、登校してきた生徒で賑わっていた。

「で?」
「え?」
「だから?」
「だから・・・・・・なんていうか・・・先越されたみたいで悔しい?みたいな?」
「ふ〜ん」
「だってね。昔はわたしに
“おおきくなったらオレがおヨメさんにもらってあげるね!”
とか言ってたなって思い出してね」
「避けたこと後悔してるって?」
「いや、」
「逃がした魚は大きかったって?」
「いやいやいや、そういう話じゃなくて」

そうじゃなくって。
意も知れずこの表し違い感情はなんなのか、紫海自身にもよく分かっていなかった。
“焦燥感” この言葉が一番しっくりくるとは思う。

まだまだ子供だと甘くみていた昔馴染みに置いていかれたような、そんな感覚。
だけどそれを言葉にして言うのはなんか違うような・・・なんとも言い難い気持ちだった。


「なーに朝からしけた顔してんの?」

教室に着いて自分の席に向かったら、先に座っていた葵に絡まれた。
朝が似合う爽やかな笑顔と寝癖だろうが分からない天然パーマが目に入って癪に触る。
この天然物で女子の歓声が上がるんだろうと思うと腑に落ちない。

「紫海の向かいの家の幼馴染くんがイケメンになっててカワイイ彼女も出来てたから不満なんだって」

自分の席に荷物を置いた鳴子が紫海の所にやってきて葵に告げる。
その言葉を聞いて、葵は眉間にシワを寄せたかと思えば唸り声を上げた。

「あ"ー、あいつか、あのー・・・名前忘れた。懐かしいな!オレあいつにすっげー睨まれたの覚えてる」

紫海と葵が付き合っていた時の出来事らしい。
帰りはいつも家の前まで送ってもらっていたから燎と会っても不思議ではない、が。

「それ、初耳なんだけど」
「お前愛されてんな。あ、過去形か」

葵はしたり顔でからかうように意地の悪い笑みを浮かべた。
この時、どんな顔でもイケメンに見える葵に苛立ちを覚え教科書を投げつけたのだった。
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