そのとき、君の隣で笑うのは
昨日と変わらない帰り道。
でもひとつだけ違うのは、隣に燎がいること。
「あー、腹へった」
数分前、いつも通り部活が終わりひとりになった帰宅途中、
偶然鉢合わせた燎と、道が同じだからと一緒に帰ることになった。
昨日ぶりだと言っても会ったのは数分程度で、
横に並んで改めて気付かされる背の高さ。
今までは見下ろしていたのに紫海の目線の高さは燎の鎖骨だ。
自分が見上げる日が来るとは思わなかった。
「昨日の彼女、可愛いね。いつから付き合ってるの?」
昨日一緒に居たのは桜川桃(さくらがわもも)というコらしく、彼女を送った帰りらしい。
中学からの部活仲間だそうだ。
燎と恋バナする日が来るとも思わなかった。
「なんだよそれ。そんなんじゃねーし!」
見上げると、少し不機嫌そうな顔をしている燎。
昔は生意気で素直じゃなくて。
それが照れ隠しなのか本心なのか、燎と過ごした時間が遠過ぎて、今の紫海には彼の真意が分からない。
「・・・紫海ちゃんは、何部なの?」
今日の午前中は部活動紹介だったが、全員参加ではないため、紫海は壇上に上がらなかった。
「陸上部だよ。燎は部活入るの?」
「うん。オレは美術部」
「へぇ~!昔から絵描くの好きだったもんね!」
「・・・うん」
燎は何か言いたげな顔をしたが、特に話は続くことはなく。
「こうにぃもデザイン系の大学だし、その影響もあるのかな」
白岩香黄(しらいわこうき)、燎の7歳上の兄で美術大学4年生。今は一人暮らしをしているため、実家にはたまにしか帰ってこない。
昔は3人でよく遊んでいて、紫海は香黄によく懐いていた。
「・・・アニキは関係ねーよ・・・」
“アニキ”。昔は“にいちゃん”って呼んでたのに。
それを軽口にして返せるほどの距離感を紫海はまだ掴めていない。
ますます不機嫌になる燎を見て、紫海はそれ以上聞くことをやめた。
こんなにも顔色を気にして会話するほど、大人びて別人のように見える燎に居心地の悪さを感じる。
「大人になったね」
「な、んだよ、急に」
「背も伸びたし、かっこよくなった」
「!!!な、かっ、・・・オレはもとからカッコイイし」
そう言って照れたのを隠すようにそっぽを向く燎に昔の面影を感じた。
あぁ、こういうところは変わってないな。
この照れ方が大好きで。
この姿を見れると嬉しくて・・・。
そうか、
わたしがそうさせたから嬉しいんだ。
あの時ショックだったのは、
他の子に向けられていたから、、
だってほんとは
わたしも“好いてた”んだ。
燎を避けるようになったのは
みんな年上がいいって言っているのに
ひとりだけ年下でしかも小学生が好きだなんて、
恥ずかしくて・・・
そんな、自分勝手な感情のせいで燎を傷つけた。
“逃した魚は大きかったって?”
鳴子の言葉が脳裏を過ぎる。
・・・・・・気づいてしまった。
“焦燥感”じゃない、
これは“後悔”だ。
紫海は自覚した気持ちを喉の奥で噛み潰した。