そのとき、君の隣で笑うのは
「あたし、燎くんのことが好き」
ふわふわに揺れる髪をマフラーでぐるぐる巻きにして、頬を赤く染めた桃がそこには居た。
中3最後の一大イベント、クラスの男子がソワソワする今日。
朝から甘い香りがする教室。
リボンで包装されたものを鞄から取り出す女子。
それを横目で見る男子。
放課後には最後の砦と、ほんの少しの期待で開ける空の下駄箱をいつもより少し長めに確認して心の中で落胆する日。
様々な想いが交差するバレンタインデーだが、燎は毎年その中には加わっていなかった。
だって、一番欲しい人からは貰えないだろうから。
そう思いながら小5の時に見た、紫海と手を繋いで歩いていた男子を思い出す。
あんなに仲良さそうに笑い合っていて。
同じ学校に通っているだけでも羨ましいのに。
あんな自然に隣にいるのが悔しくて睨みつけていたらソイツと目が合って。
慌てて隠れるように家へ駆け込んだ燎は情けなくて泣いたんだ。
アイツとはまだ続いているんだろうか。
今年は誰にあげたんだろうと、答えのない考え事をしていた帰り道。
部活が同じで一緒に帰っていた桃に、押し付けるように渡されたチョコレート。
言われた言葉は予想もしなかったもので。
どういう意味か考えようとして、桃の顔を見て察しがついた。
口元はマフラーで覆われて見えなかったが、真っ赤になっていく顔は真剣さを物語る。
「ごめん。・・・オレ、好きな人いるから」
もう会わなくなった人を思い出し、いつまでも未練たらしい自分に自虐的に笑う。
告白する機会すら、ないのかもしれない。
「・・・・・・好きでいていい?」
桃の少し泣きそうに歪められた顔が、あの日の自分を思い出す。
紫海に避けられた日。
知らない男子と手を繋いでいた日。
・・・・・・それでも、諦められなかった日。
自分はこんな顔をしていたのだろうか。
「・・・・・・オレの気持ちは変わらないよ」
曖昧に返すことでしか答えられなかった気持ちは、自分に向けられたものなのか。
それでもなお燎は、来年一緒の高校に通えることになった紫海のことを考えていた。
「・・・そっか」
かろうじて聞き取れた桃の呟き。
表情は読み取れなかったが、理解してくれたのだとホッとする。
いつもと変わらず「バイバイ」と微笑んで家に入っていった桃。
普段通り見送ってみたが、明日からどう接していいのか考えてしまう。
彼女とは目指す高校が同じだからと一緒に切磋琢磨してきた仲でもある。
同じ学校に行くのに気まずい状態なのは嫌だった。
だから次の日、桃に変わらずおはようと言ってもらえたのは嬉しかった。
だけど、彼女の顔を見て焦ってしまう。
酷く赤く腫れた目は、昨日泣いた事を証明していた。
友達に、ドラマ見て泣いちゃってなんて言っていたが、燎だけは気づいていた。
そして知ってしまう。
桃は泣き腫らすほど、燎を好いてくれていたのだと。
だけど彼女は変わらず接してくれて、中学卒業を迎えた。