ピュア・ラブ2 ~それからの~
私は、その言葉を聞くと同時に、不安がよぎった。
私は異性との付き合いの前に、人間関係、つまり、人と接することをしてこなかったのだ。
そんな私が付き合えるはずもなく、橘君が帰って来て舞い上がってしまっていたが、急にそのことが現実味を帯びる。
男女の付き合いなど、私にだってわかる。だけど、性格的な問題はかなり大変だ。
人のことを気にせず、自分中心に世界が回っていた私に、橘君を思いやり、付き合うことなど出来ない。
こうして、たまに遊んで、話をするのが限界のような気がしてならない。
重ねた唇の温もりがまだ残っている。思い出しただけで、胸が熱くなる。でも付き合うと言うことはそんな生易しいものじゃない。
他人同士が譲り合って、分かち合い、近づくものだ。そんな簡単なことも私には出来ない。

「待って、まだ何も言わないで」

そうだった。橘君はなぜか私が思っていることを分かってしまう人だった。
口を開きそうになったとき、そういって止めた。

「俺、告白する前に言わなくちゃいけないことがあったんだ。順序が逆になっちゃったけど……ごめん、黒川を傷つけて」

それは、橘君との関係を切ってしまった原因のことを言っているとすぐに分かった。

「高校のとき、注目を浴びていた黒川だったけど、誰ともしゃべらなくて、どういう子かもわからないミステリアスなところが、興味をそそってたんだ。テストをすれば学年トップだし、めちゃくちゃ綺麗だし。男子だけじゃなく女子も話したいと思っていた子は多かったんだよ?」

それは、以前に橘君から少し聞いていた。
でも、あの頃の私は、ただ生きていればいいとしか考えていなかった。生きることがこんなに大変だと言うことは、きっとみんな知らない。私は、それを生まれた時から身をもって学んでいた。だから、同じ年の子と同じようにはしゃいで、楽しく過ごすことはできなかった。

「遠巻きに見ているしか出来ないのかと、俺はずっと思ってた。だって、一年の時から同じクラスなのに、一度も話したことがないなんて。だからどんな風に思われてもいいから思い切って話しかけてみよう、そう思ったんだ」

それも知っている。頻繁に話しかけて来ていた男子がいたことは知っていたが、橘君だと知ったのは、モモを病院に連れて行くようになってからだ。
すでにおちきっているコーヒーメーカーを眺め、じっと話を聞いた。

「それをいいことに、いつもつるんでいたやつらが、賭けの話を持ち出した。人の心を賭けにするようなことはしたくないと、突っぱねた。奴らも『冗談だよ』と言って、その話は終わった。だけど、偶然に黒川と会ってしまったときに、そのことを思い出して、また面白おかしく俺をからかったんだ。それを聞いていたと知って……本当に傷つけてしまった」
「橘君……もういいの。気にしていないから」

離れていた期間、ずっとこのことが橘君の重荷となっていたのだろう。悪いことをしてしまった。お父さん先生が、戻ってきたら許しを請う機会を与えてやってほしい。と言っていたことを思い出した。
今の今まで、橘君にとってこのことがひどく心にのしかかっていたのだろう。
そうであれば、気の済むまで謝ってくれて構わない。それで橘君の心が軽くなるのならそれでいい。

「でも、そのことがあったから北海道に行けたのかもしれない。そうじゃなかったら、俺、黒川と離れたくなくて断ってた」
「え?」
「情けない俺も見てもらいたくなくて予定を早めて北海道に立った。会いたくて、会いたくて、毎月、はがきを出すのが精いっぱいだった。俺、黒川が返事を断るのが分かるんだ。でも、それは聞かない。そう決めているから、断っても無駄だよ」

そうだ、橘君は私の思っていることを見抜いてしまう人だったのだ。
橘君は私を抱きしめている腕を解いて、振り向かせた。
両肩に手を置かれ、真剣なまなざしで見つめられた。
二年間という年月が流れていたけれど、橘君は変わっていなかった。
まじまじと真剣な顔をしている彼を見る。
あの頃と変わっていたのは髪型くらい。短く刈っていて少年のようだ。
そうだ、こんな顔をしていた。見ても見つめてもどこも変わっていない。
私に向き合う嘘をつかない目でみつめられる。

「ずっと君が好きだった。俺の傍にいてほしい。返事は聞かないよ? もう決定事項だから」
「橘君……」
「好きだよ」

もう一度そう言ってくれた。
もう、深く考えるのはよそう。付き合うことが難しくなったらその時にまた考えればいいことだ。
頭の中をそんな考えが回っていた時、橘君が私の顎に指を掻けて上を向かせた。
私と橘君の身長差は、ちょうど上を向いたときに視線がぶつかるくらいの差だった。
その先にくることを私にはわかった。
だから、返事を聞かないと言った橘君に、行動で示そうとゆっくりと目を閉じた。
しっとりと暖かな口唇が触れた時、橘君の背中に私は腕を回した。
橘君はそれを受け、強く私を引き寄せ、何度も唇を離しては角度を変えて重ねた。
息継ぎもままならないほど引きつけられ、離されたときには、恥ずかしいほど呼吸が乱れていた。
橘君の胸に引き寄せられ、しっかりと抱きしめられると、なんとも言えない安らぎが身体を包んだ。

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