ピュア・ラブ2 ~それからの~
2
以前の二人には考えられないような時間が流れた。
話は尽きなくて、橘君に肩に腕を回され、私は、首を預ける。寄り添いながら北海道で暮らしや仕事の話を聞いていた。
私が人に甘えることが出来るなんて、思っても見なかった。
一人でいることの強さがもろくも崩れる。橘君がいないと、私は寂しさに押しつぶされてしまうかもしれない。
一人で強く。と思って生きてきたことは、弱さを隠すためでもあったのかと、いま気づかされる。
恥ずかしいことに、話しをしながらも、何度もキスを交わした。こんなことを自分が本当にしているのかと、信じられない。でもそれは現実に起こっていることだ。
出会ってから約十年。年月はながいけれど、実質は一年ほどだ。
急速に縮まった二人の距離は、もっと加速していくに違いない。
話しをしながら私は、今の正直な気持ちを打ち明けた。
「橘君も知っていると思うけど、私と付き合っていくと大変なことがたくさん出てくると思うの。それは自分では意識していないことだったから、橘君が歯痒く思ってしまうことも多いと思う。それが怖いの」
「それは、他人との関わりを言っているんだよね? 俺ってさ、黒川と再会して知るようになるまで、独占欲があるなんて思わなかったんだよね。だけど、男に何度も絡まれている黒川を見て、猛烈に縛りつけたくなった。だから、黒川は他人と関わらなくていいんだよ。ずっと俺だけを頼っていればいい」
そう言った橘君は、いつもの人懐こそうな笑顔ではなく、意外なほど強い視線で私を見た。
「それじゃ、重荷になるわ」
「俺はそれが心地いい男なんだよ、俺は。まあ、これだけ変化のあった黒川だから、女の友達が出来るかもしれない。だけど、男はだめ」
その、だめと言った瞬間に思い切り口をふさがれた。それが橘君の独占欲の表れなのだろう。
邪魔者扱いには慣れていた私だけど、これほど強く必要とされたことは今までに一度もなく、なんとなくそれも心地よかった。
もしかしたら、私は、橘君にうまく操られて行っているのではないか。
もしかしたら、人を信用できない自分が、うまく騙されているのではないか。
それもいい、今までの自分を変えるには、人の手も借りないと、私一人ではどうにもならない。そのことは、橘君がいなくなった2年間でいやと言うほど思い知らされている。
「それと、ずっと思っていたことなんだけど、黒川、俺の病院で働かないか?」
「え!?」
まったりと寄りかかっていたが、さすがの提案に私は、朝、目覚ましで起きるかのように身体を離した。
「動物看護師っていう職業があるんだけど、獣医師のように専門的に勉強をしていなくてもいいんだ。俺の病院で働いてくれれば、勉強もなにもかも一から俺が教える。黒川には合っていると思うし、出来るよ」
「そんな無理よ」
人間じゃなくても、命を預かる仕事だ。覚悟も何もなく出来る仕事じゃない。
突然のことに首をただ横に振るしかない。
「受付の佐藤さんってわかる?」
「うん」
「その人が一人で受付と薬の処方をしてくれているんだけど、今度、前も言ったと思うけど、診療時間を伸ばして、往診もしようと思うんだ。そうすると人手が足りない。それに佐藤さんはパートさんだから、時間も出勤日も制限があるし」
「でも……」
「今の仕事と同じくらいの給料は払うし、社員扱いだ。保険も待遇もいい。何せ、四六時中俺と一緒にいられるという特典付きなんだよ?」
もしかして、それが目的?
私は、怪しいと目で訴えた。
「俺ね、ずっと黒川に対して遠慮をしていて、過ぎ去った時間が勿体なかったと反省したんだ。過ぎた時間は戻ってこない。俺は、一緒にいたいし、離れていたくない。それはずっと会えないでいた期間が長かったから余計にそう思うんだ。意外と強引でしょ? 俺」
あははといつものように笑ったけれど、笑っている場合じゃない。
橘君の病院は家族経営だ。お父さんもいれば、弟さんもいる。そんな中に付き合い始めたばかりの女が、仕事とはいえ、勤められるわけがない。
どう考えても橘君がおかしい。
「少し落ち着いて考えましょう。どう考えてもそれはおかしいわ」
「落ち着いているよ? ずっと考えていたことなんだ。今も診察は大変だけど、弟が研修から戻ったら医師は三人になる。病院にくる犬や猫、他の動物は増えてくるけど、でも佐藤さんは一人だ。彼女一人に大変な思いをさせるわけにはいかない。母さんは、主に入院している犬や猫の部屋を掃除して、ケアをしているし、ホテルとして預かったりしたとき、散歩をさせたりしているから手が足らないんだ」
「だったら、求人募集をすればいいのに」
「黒川を工場で働かせるならうちの病院に引き抜く。黒川はその頭の良さをもっと使わないとだめだ。勿体なさ過ぎる。それに、改築の話も出ていて、もっと病院は大きくなる」
いつも穏やかでいて、強引なところは全くなかった橘君が有無を言わせないような言い方で私を説き伏せる。
新しい仕事を探そうと思っていたことは確かだ。だけど、仕事を覚えるよりも、人間関係が一番大変だ。その勇気がなく、転職に至っていなかったのは事実だ。
そうした意味で、橘君の病院に転職が出来れば、一番のネックは解決している。
少しぐらつく自分が情けない。
すぐに別れたらどうすればいいのか。
ケンカをしてしまった時どうすればいいのか。
橘君の両親にどう接したらいいのか。
欠点だらけの私はどうしたらいいのだろう。
「今、すぐに返事とは言わないけれど、病院に来ることは決まっているとおもうよ」
そんなことを言い出した橘君は嫌いだ。私をこれ以上悩ましてどうしたいのだろう。
付き合うと決めるまでの葛藤、不安、それに初めてのキスと甘い時間は、私にとって、ぐったりさせるには十分な材料だった。
すっかり暗くなると、橘君は、甘いキスを残して帰って行った。
残された私は、大きな悩みを抱えて悶々とした。
話は尽きなくて、橘君に肩に腕を回され、私は、首を預ける。寄り添いながら北海道で暮らしや仕事の話を聞いていた。
私が人に甘えることが出来るなんて、思っても見なかった。
一人でいることの強さがもろくも崩れる。橘君がいないと、私は寂しさに押しつぶされてしまうかもしれない。
一人で強く。と思って生きてきたことは、弱さを隠すためでもあったのかと、いま気づかされる。
恥ずかしいことに、話しをしながらも、何度もキスを交わした。こんなことを自分が本当にしているのかと、信じられない。でもそれは現実に起こっていることだ。
出会ってから約十年。年月はながいけれど、実質は一年ほどだ。
急速に縮まった二人の距離は、もっと加速していくに違いない。
話しをしながら私は、今の正直な気持ちを打ち明けた。
「橘君も知っていると思うけど、私と付き合っていくと大変なことがたくさん出てくると思うの。それは自分では意識していないことだったから、橘君が歯痒く思ってしまうことも多いと思う。それが怖いの」
「それは、他人との関わりを言っているんだよね? 俺ってさ、黒川と再会して知るようになるまで、独占欲があるなんて思わなかったんだよね。だけど、男に何度も絡まれている黒川を見て、猛烈に縛りつけたくなった。だから、黒川は他人と関わらなくていいんだよ。ずっと俺だけを頼っていればいい」
そう言った橘君は、いつもの人懐こそうな笑顔ではなく、意外なほど強い視線で私を見た。
「それじゃ、重荷になるわ」
「俺はそれが心地いい男なんだよ、俺は。まあ、これだけ変化のあった黒川だから、女の友達が出来るかもしれない。だけど、男はだめ」
その、だめと言った瞬間に思い切り口をふさがれた。それが橘君の独占欲の表れなのだろう。
邪魔者扱いには慣れていた私だけど、これほど強く必要とされたことは今までに一度もなく、なんとなくそれも心地よかった。
もしかしたら、私は、橘君にうまく操られて行っているのではないか。
もしかしたら、人を信用できない自分が、うまく騙されているのではないか。
それもいい、今までの自分を変えるには、人の手も借りないと、私一人ではどうにもならない。そのことは、橘君がいなくなった2年間でいやと言うほど思い知らされている。
「それと、ずっと思っていたことなんだけど、黒川、俺の病院で働かないか?」
「え!?」
まったりと寄りかかっていたが、さすがの提案に私は、朝、目覚ましで起きるかのように身体を離した。
「動物看護師っていう職業があるんだけど、獣医師のように専門的に勉強をしていなくてもいいんだ。俺の病院で働いてくれれば、勉強もなにもかも一から俺が教える。黒川には合っていると思うし、出来るよ」
「そんな無理よ」
人間じゃなくても、命を預かる仕事だ。覚悟も何もなく出来る仕事じゃない。
突然のことに首をただ横に振るしかない。
「受付の佐藤さんってわかる?」
「うん」
「その人が一人で受付と薬の処方をしてくれているんだけど、今度、前も言ったと思うけど、診療時間を伸ばして、往診もしようと思うんだ。そうすると人手が足りない。それに佐藤さんはパートさんだから、時間も出勤日も制限があるし」
「でも……」
「今の仕事と同じくらいの給料は払うし、社員扱いだ。保険も待遇もいい。何せ、四六時中俺と一緒にいられるという特典付きなんだよ?」
もしかして、それが目的?
私は、怪しいと目で訴えた。
「俺ね、ずっと黒川に対して遠慮をしていて、過ぎ去った時間が勿体なかったと反省したんだ。過ぎた時間は戻ってこない。俺は、一緒にいたいし、離れていたくない。それはずっと会えないでいた期間が長かったから余計にそう思うんだ。意外と強引でしょ? 俺」
あははといつものように笑ったけれど、笑っている場合じゃない。
橘君の病院は家族経営だ。お父さんもいれば、弟さんもいる。そんな中に付き合い始めたばかりの女が、仕事とはいえ、勤められるわけがない。
どう考えても橘君がおかしい。
「少し落ち着いて考えましょう。どう考えてもそれはおかしいわ」
「落ち着いているよ? ずっと考えていたことなんだ。今も診察は大変だけど、弟が研修から戻ったら医師は三人になる。病院にくる犬や猫、他の動物は増えてくるけど、でも佐藤さんは一人だ。彼女一人に大変な思いをさせるわけにはいかない。母さんは、主に入院している犬や猫の部屋を掃除して、ケアをしているし、ホテルとして預かったりしたとき、散歩をさせたりしているから手が足らないんだ」
「だったら、求人募集をすればいいのに」
「黒川を工場で働かせるならうちの病院に引き抜く。黒川はその頭の良さをもっと使わないとだめだ。勿体なさ過ぎる。それに、改築の話も出ていて、もっと病院は大きくなる」
いつも穏やかでいて、強引なところは全くなかった橘君が有無を言わせないような言い方で私を説き伏せる。
新しい仕事を探そうと思っていたことは確かだ。だけど、仕事を覚えるよりも、人間関係が一番大変だ。その勇気がなく、転職に至っていなかったのは事実だ。
そうした意味で、橘君の病院に転職が出来れば、一番のネックは解決している。
少しぐらつく自分が情けない。
すぐに別れたらどうすればいいのか。
ケンカをしてしまった時どうすればいいのか。
橘君の両親にどう接したらいいのか。
欠点だらけの私はどうしたらいいのだろう。
「今、すぐに返事とは言わないけれど、病院に来ることは決まっているとおもうよ」
そんなことを言い出した橘君は嫌いだ。私をこれ以上悩ましてどうしたいのだろう。
付き合うと決めるまでの葛藤、不安、それに初めてのキスと甘い時間は、私にとって、ぐったりさせるには十分な材料だった。
すっかり暗くなると、橘君は、甘いキスを残して帰って行った。
残された私は、大きな悩みを抱えて悶々とした。