櫻
1.同心の日常
「いやああ!!おっかぁあ!!いかないで!!!」
炎の中冷たくなる母の温もりを忘れない
段々ぬるくなっていく母から無理やり剥がされ連れてこられたのがここ。
桜田町奉行所
幼心つく前に連れてこられたから唯一覚えてるのがその生温さだけ。
男世帯で男だか女だか分からない私は、父上と呼ぶここの頭の下で働いている
日々暇な日常だが退屈はしていない。
同心も良いものだ。
「櫻、なにも毎日見廻りに出なくてもいいのではないか?ワシと一緒に居ればよいでは「父上は心配性ですね、ですがこれも仕事。仕事をせねば私のお役目はなくなってしまう。」
父上の言葉を遮るように発し行ってまいりますと出ようとすると鋭く低い声が響く。
「頭、私もついて行きますが故心配なさらぬよう。」
あーあ、バレないようにしていたのが水の泡になった。
「土方。おお、お前が着くなら安心だ。聞いたぞ?お前の遠い親戚があの有名な「櫻様、行きましょう。頭、失礼します。」
いつも父上のこの話を聞かせてもらえない、今みたいに遮られるから。
ああ見えて父上は偉い方だ、あんな遮られ方あんまりじゃないか。
まあ私もやっているけれど
この堅物二枚目風阿呆男め。
「お前今無礼な事考えていただろう。阿呆め。」
それが頭の子に言う態度かよ、父上に言いつけてやる
と言っても私は父上に所謂告げ口という事をしたことが無い
義父だから、という事も大きいがそれ以上に嘘でも信じてしまうほど素直なお方だからだ
そこまで素直なお方なのだ
だからこそきっと父上は人望が厚く私もお慕い申している
だけど、そんな嘘を1度でもつけば本当にこの人を下ろしてしまいかねない。
それは御免だ
何でって?それはまだ言えないからご想像におまかせするとしよう
「土方さん、何故この間の輩に刀を向けなかったのですか?相手が持ってる以上抜刀する理由は十分にあったでしょう」
「必要無いと判断したからだ。」
この人は人一倍強いのに戦わないのだ
何故だろう、誰よりも非力な私には考えられないほどの壮絶な悩みじゃないのなら絶対に許さない
私を侮辱しているのかとすら思える素振りだ
無駄な事を考えながら歩いているといつの間にか花街の道についていた、ここらの店は昼からやっていて大変迷惑極まりない、何故かって?
「土方の旦那〜ちょいと寄ってかないかい?」
この無駄に二枚目のせいで身動きすら取れないのだ、その上少し私も侮辱される
「なによこのちんちくりん。」
まあ、男にしては背は足りていないけれどそんな言い草無いじゃないか。
「土方の旦那、櫻の旦那。ご相談があるんです、寄ってくださいっ」
櫻の旦那という言葉一つに二つ返事で返し中へ進もうとすると首根っこを掴まれた。
「仮にも武家のご子息がそんな易易と入ってなるものか。」
それでも言って聞く私ではない
「ならば無理にでも入る。話があると言う女子を置いては行けぬが男の道よ!」
ばーんと胸を張って言うと男という言葉に引っかかったのか少し間を置き、ため息をつくと、んと手を差し伸べた。
「何してるんですか?」
聞けば少し面倒そうに「お子様には刺激が強いからな、目ェ瞑って着いてこい」だって。
ほら、出た。
こういう所が駄目なんだ、このスケコマシ野郎と伝えねば
「はい」
やはり私は女なのだと気付かされる、一回りも大きい骨々した手に。