次の夜、また座敷につくことになりお酌を勧めているとき昨日のように男の人が来て姐さんを呼びに来たのかと思えば私を呼びに来た
隣の座敷に呼ばれていると。
なんだろうと行ってみれば険悪な雰囲気のはじめさんと土方さんが座っていた。
「失礼します。」
私が入るとはじめさんは潤んだ目でこちらを見て近寄りがしっと私の方を掴み「あの人どれだけ女の人に捕まれば気が済むんですか!!」と小声で私に訴えた
どうせまた店先で何人もの女の人に声をかけられてでれでれしていたのだろう
土方さんの横に座るはじめさんはきっと女の人にあまり好まれない人だから羨ましいのだろう。
「で、何か掴めたか。」
労いの言葉も無いのか、と少し呆れ気味に見るはじめさんに少し笑い昨日までの事を話した。
土方さんはあまりお酒を嗜まないからとはじめさんの器にばかり注ぎ、話を進める
話し終わり暫くすると
「こっちもわかったことがあるんですよ」
とはじめさんが耳打ちをした。
ここで人身売買が行われていると
そして狙われているのは私のつく姐さんの十過ぎの若い禿だと
姐さんも関わっている可能性が高いと
「だからもう切り上げて構いませんよ。これ以上は櫻さんも危険だ。」
はじめさんのその声が頭の中をぐるぐる駆け巡る
嘘だ、あんなに優しい姐さんの下につく禿たちが売られているなんて
嘘だ。
「とにかく直ぐに引き上げてください、父上様も心配しておられますから」
そんなの信じられるはずがないじゃないか、姐さんが関わっているなんて。
「まだ続けます、もう少し具体的な証拠が無きゃ助けられない」
土方さんは私のその言葉に呆れたようにため息をつき「勝手にしろ。」とその場を後にしようと立ち上がった。
俯く私の目の前に来ると私の顎を掴み顔を上げさせ「軽率な行動取るんじゃねえぞ」と睨みつけるとまた来るとだけ言い座敷を後にした。
土方さんこそ軽率な行動を、天然女たらしめ
不覚にもぽーっと赤くなる顔にはじめさんはまた来ますねと笑い土方さんの後を追い出て行った。
「櫻、何処だい?あ、此処にいた。」
姐さんに見つけられ連れてかれた次の座敷も怪しいことはなく、それからずっと潜入を続け1週間の時が流れようとしていた。
二日目に土方さんが1人で訪れ、三日目ははじめさんが1人で。
心配性な二人はそれから度々訪れていたけれどここ二日二人は来ていない。
「櫻、そろそろいいだろう。あんたも来な」
いつもとは違う姐さんの剣幕に少し臆しながらも着いていくと急に
ぐっ
と男に腕を引かれた。
全く知らない男に引かれ後ろにいた姐さんに背中をどんっと押され全く知らない男の腕の中に飛び込んだ。
「な、姐さん?!」
すると姐さんは急に煙管を取り出し面倒そうに煙を潜らせつまらなそうに私を睨みつける
「あんた高く売れそうなのにねえ、小刀なんざ持ってやがるからいつ取ろうか悩んでいたのさ。」
言われて気付くと懐から小刀が取られていた、ついでに十手も。
「こんなもの役に立たないよ、馬鹿な娘
あんた蝶々守りに来たんだろ?いいじゃないか、子供の1人くらいねえ。遊女が夢見てるのが馬鹿なのさ。あの阿呆女今頃始末されてんじゃないのかい?ねえあんた」
姐さんの下品な笑い声に、風格のない佇まいに甲高い声に汚い言葉遣いについでに男選びに全部に絶望した。
姐さん何かじゃなかった、蝶々さんを護るために来たのにもかかわらずこの有様
「ほら早くこの娘連れて行きな」
男に縄で縛られ手が動かない
駄目だ、これじゃ抜けられない。
簡単に信じて、目的忘れて

何してるんだろう。
「何でもするから、助けて。…土方さん 」



聞こえないくらい小さい声で言ったのに
気付けば男が倒れていて目の前には土方さんとはじめさん。

他の同心の人達も
「何故此処が?」「ずっと居たのに気付かないんだから。困りますよ、」
思い返してみれば確かにずっとはじめさんらしき人は居た。
「凄いですね、はじめさん。」
そう褒めると嬉しそうなはじめさんはすぐに足の縄を解き私を立たせてくれた
そして十手と私の小刀を取り戻してくれた
「遊女だろうと女の幸せを掴む権利はあります!」
手が自由になればこっちのもの
十手で姐さんを殴り気絶させ縄で縛り上げる
その後店主はお縄、蝶々さんは無事夫婦になれたそう。
よかったよかった。






でも、私は後が怖い
「なんでもするっつったよなあ」
鬼の形相の土方さんに逆らえるはずもなく皆の前で
「今夜俺の部屋来い。」
等と言われればそりゃこんなに弄られる
「櫻ちゃんも結婚かー!俺狙ってたのにー」「おめでとー」「土方の野郎め」
土方さんがその様な事をするはずがない
私は今回の潜入捜査で女々しさが増したのかも知れない。
取り敢えず父上に報告しに行かないと。
「父上、失礼します。」
父上の部屋に入ると父上が書類に目を通していて父上と声をかけると私の声に反応してこちらを向いた。
「おお!戻ったか!怖い目には合わなかったか?」
父上は優しく私を心配してくれていた。
父上はいままでの経緯を話すとよかったよかった、とまた頭を撫でた。
「失礼しました」
部屋から出ると夕暮れ時、縁側に珍しく猫が座っている。
にゃーと可愛らしい姿に頭を撫でるとごろごろとし直ぐにぴょんぴょんと跳ねて居なくなってしまった。
「どうかしました?」
後ろから突然した声に驚き振り返るとはじめさんが私服に着替え立っていた。
「はじめさん私服可愛いですね。」
はじめさんの私服は今で言う流行りに乗っているもので可愛らしい服装だ
「櫻さんは男らしい服装ですね。」
決して褒め言葉じゃないけどはじめさんらしい素直な言葉だと思う
そりゃあ袴に羽織物をして髪も後ろでキツく結っているのだから、一目で女だとは思うまい。
でもそれでいいと思う、同心がそんなに色気づくものではない
「想い人の前でくらい可愛らしくしたらどうですか?」
だから色気づくものではないって
「想い人?」
はじめさんの違和感に気付いた私ははじめさんの方へ首をぐるりと回し問う
「えっ、土方さんに恋焦がれているんじゃ」
そう言われて初めて思った
恋焦がれて、単なる憧れだと思っていたけれど
「絶対違います!」
そんな筈ない

はじめさんのたった一言が頭を駆け巡る


もう夜になってしまう。
怖いな、何する気だろう。
人体改造、書類整理、人身売買
浮かんでくるのは恐怖しかない漢字四文字だけ
なんでもするって言ってしまったからきっと溜まっている書類整理だろう。
お風呂に浸かりながら考えた、今すべき事と考えるべき事
「よし」
書類整理なら別に髪を結って行く必要もないだろう、袴も洗濯出来る良い機会だ
指定時刻の二時間後に土方さんの部屋に行く
その廊下は全ての木目が書類に見えて憂鬱になった
「土方さん、約束果たしに来ましたよ」
入れと土方さんの低い声が響く
ふぅと一呼吸置いて入ると土方さんは予想通り書類に向き合っていた。
「それで私は何をしたら」
言葉と同じくらいで布団に押し倒された
「お前今何時だと思ってんだよ。」
何故こんなに心臓はばくばくしているのだろう
何故ここまでドキドキしているのだろう
ふわりと隣に寝た土方さんはようやく約束について口を開いた
「櫻、俺に甘えろ」
頭が一瞬で真っ白になった、甘えるなんてしたことない。
考えて考えて探しまくって出た答えが生意気な返答
「へ?そういう御趣味で?」
「ちげえよ、お前いつも頭に遠慮してんだろ。」
言われてぎくりとした、完全な図星だ
物心ついた時から一緒にいる父上に甘えた事なぞ一度もない
土方さんの優しさがじーんと来てつい
ぐっと近付いて土方さんの背中に腕を回した

本当は怖かった、怖くて怖くて仕方なかった
助けてもらった時緊張の糸がプツンと切れてしまいそうだった
その夜初めて人前で声を上げて泣いた
腕に力を入れればその倍抱きしめてくれる土方さんに甘えてしまった。
今日に限って優しいから、今日に限って格好いいから。
耳をすませば土方さんの心臓の音が聞こえて、私の音が聞こえないように泣いた
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