たんぽぽの幸せ
そんな思いも露知らず、少年はニューヨークに到着した。3月半ばとは言えど、日本との気温差は激しく骨の芯まで凍る勢いであった。
「ーー清四郎、ホテルのチェックインしてくるから少し待っていてくれ。」
「うん。」
仏頂面で少年に話しかけてきたのは少年の父、桜井 宗次郎(サクライ ソウジロウ)であった。
少年が父と会うのはほぼ4ヶ月ぶりであろうか。年に数える程しか会うこのと無いその機会がちょっど今であった。
昔は久しぶりに会う父にどのように接せれば良いか分からなかったが、大人になる一歩手前の少年にはもう必要の無い心配であった。
「清四郎。チェックインは午後の5時からだそうだ。まだまだ時間がある。千代子も暇そうだし…どうだ、ショッピングでも行かないか?」
父の呼ぶ千代子とは、最愛の妻、桜井 千代子(サクライチヨコ)の事である。父の目線をたどって見ると、そこにはいい年でありながらも両頬を可愛らしく膨らます母の姿があった。
「うん、行くよ。」
たぶん荷物持ちしかする事は無いが、僕は快く頷いた。
「宗くん!清ちゃん!遅いわよ!!早く、早くぅ~!!」
豪快な手招きに母の人柄が滲み出る。
「宗くん。昔みたいに手ー繋いで?」
こういう事を恥ずかしげもなく言う母であるが、見た目と実年齢の差が激しく、どれも微笑ましく思われる。
「こら!清四郎がいるんだぞ!!」
僕の方をチラチラと見て助けを求める父であるが、僕はいつもの通り、他人のふりをする。
「……私の事が嫌いなの??」
しかし、とうとう涙目になった母に父は周りの目を気にし始める。
言葉の通じない国であっても、突然泣きだした女性が居れば自然と目が止まるであろう。
「いやいやいや、違うぞ。断じて違う。」
慌て出す父に僕は笑わずにはいられなかった。
「じゃあ、なんだって言うの??私の事が好きなら手ーくらい握ってよぉ〜〜!!!」
とうとう涙を頬に流し始めた俯いた母の頬に、父はしょうがなさそうにゆっくりと手を添える。
俯いていた母の顔を上げさせ、涙を親指で拭うと、またあの仏頂面のままで、手を絡めていく。
「へへっ♪」
幼子のように微笑む母に、少年は今は亡き面影を思い出す。
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「お兄ちゃん、私の事が嫌いなの??」
少女はまた母のように僕に迫る。
「…しかないから、今日だけだからな。」
思春期真っ只中の僕にはとてもでは無いが恥ずかしくて、それを友人に見られたくはなかった。
「うん♪」
しかし少女の微笑ましい笑顔が、たまにはいいかと、僕の気持ちを跳ね除けた。